『じゃりン子チエ』の食い物 の記事(5件ずつ表示)

じゃりン子チエ 第2話 「テツは教育パパ!」



■ やっかいな客

ホルモン屋をひとりで切り盛りしているチエちゃん。
忙しい時間帯も去り、お客が赤ら顔で帰って行きます。

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「おおきにまたきてやー」

表まで出て、お客を笑顔で見送るチエちゃん。
上客にはとても素晴らしい対応。
しかしそうでない客には・・・



この界隈は、一筋縄ではいかないようなゴロツキも大勢いるようです。
そういう手合いに一歩もひるまないのもチエちゃんです。

「金ここに置くで」
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チエちゃんは客とすれ違い、
勘定を手に取るや、すばやく振り向きます

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「こらおっさん!」
「酒が2杯ホルモンが13本や、400円たらん!」
客に詰め寄るチエちゃん。

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「わし5本しか食うてないやないけ」
すまし顔でとぼける客。

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チエちゃんの顔がみるみる歪んでいきます。
この顔になるとやばいです。

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椅子を蹴倒すと、おっさんが座っていた足元には8本の串が。
「おっさんが串隠すとこ、うちちゃんと見てたんや」

恐らくこれはハッタリだと思います。
勘定はちゃんと覚えていても、忙しいせいで客の不審な行動などいちいち監視している余裕はないからです。
オッサンのほうも、そこにつけこんで串を隠したのでしょう。

チエちゃんは、オッサンの「証拠はあるのか」
という居直りに何も言い返せなくなり黙ってしまいます。

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「証拠のないときはどないするんじゃこら」
チエちゃんピンチ・・・!

そこにちょっと嫌なヒーローが登場し、
おっさんはほうほうのていで逃げ出すことになりますが、
店の仕入れの金をちょろまかしているようなヒーローだったためか、
あまり褒めてはもらえません。

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しかし、チエちゃんの中で、こっそりとテツの株は上がったことでしょう。
チエちゃんの笑顔がそれを物語っています。



さて、このシーンは、あまり食べ物とは関係がない描写だったのですが、
あまりに素晴らしいシーンだったため紹介しました。
これは劇場版にもあるシーンで高畑演出です。
(この第二話は高畑勲が「武元哲」の別名義で演出している回でもあります)


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金をとってさっと振り向き、
足で椅子を蹴倒して、証拠の串を突きつける動作の軽やかなタイミング。
さっと下方に縦パン(ティルトダウン)するカメラ。
流れるような動きのひとつひとつに目が離せません。



これら、計算された動きのタイミングも素晴らしいのですが、
高畑演出は見れば見るほど味が出るというか。
気に入って何度もこのシーンを見ているうちに、あることに気づきました。
それはキャラの立ち位置です。



原作では、このたちの悪いオッサンは店の入り口近くで飲んでいて、
金を置いて去ろうとするのを、チエちゃんがカウンターを回りこんで追いかけてくるため。
このやり取りは、店の入り口近くで行われます。

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しかし高畑版アニメでは、まず客が奥で飲んでいるところが違います。
そして直前に、他の客を店先まで出て送り出すというシーンを入れているため、
このオッサンとすれ違うカットが生まれています。

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すれ違いざまに「おおきにー」といったとき、チエちゃんとおっさんが一瞬だけ最接近しますが、
その距離はどんどん離れていき、
すぐさまチエちゃんが金を勘定して、「こらおっさん!」と呼びとめたので、
オッサンは、店の入り口で止まります。
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チエちゃんとオッサンの立ち位置がここで決まります。
チエちゃんは、不正の現場に陣取るため、オッサンが飲んでいた位置を動きません。

そしてオッサンも動かないのです。

オッサンは、いつでも逃げ出せるように入り口(出口)に陣取っているだけかもしれませんが、
それよりもこの演出では、ふたりの「距離」の方に意味があるように思います。

一見オッサンの物腰やセリフは、
理不尽ないいがかりをつける店主に対して、冷静に誤解を解こうとする態度にみえるのですが、
完璧に演じて見せているようで、彼の態度には「嘘のサイン」がでているのです。

人間が会話するときには、適切な互いの距離というものがあります。
「ひざを突き合わせて」という言葉が存在するように、
込み入った話をする場合ほど、自然と相手との距離は近くなるものです。

彼は、チエちゃんと込み入ったやりとりをしているのですから
無実ならば相手の距離(テリトリー)に入って、「話をする態度」を整えてから会話をするのが自然な行動のはずです。
ですが、話はどんどんこじれてるというのに、オッサンは入り口(出口)から動こうとはしません。

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 離れた距離で進む会話


そしてこの距離関係が崩れるときがきます。
「証拠はあるのか」というオッサンの開き直りに、チエちゃんがぐうの音もでなくなった瞬間、
オッサンは一気に攻勢に転じます。
そしてこのときとばかり、彼は近づいてくるのです。

近づくオッサン
        近づいてくるオッサン

ふたりの距離は、まるでオッサンの気の持ち方のバロメーターです。
無実のふりでとぼけていたときの彼は雄弁でありながらも、気持ちのうえでは守勢でした。
しかし、相手が弱くなった瞬間に彼は距離を縮めて、自らの強さを誇示しだしたのです。

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原作では、勘定の言いあいからチエちゃんが小突かれるまで、終始ふたりの距離は変わりません。
アニメ版での、このふたりの距離の伸び縮みは、
先にチエちゃんが客を送り出したり、オッサンが飲んでいる場所を変えたりと、
お膳立てをしてつくりあげた、「計算された立ち位置」により生み出された演出だと思われます。



...おまけを読む (作品の感想と解説)

じゃりン子チエ 第1話 「決めたれ!チエちゃん」

 

■ チエの好物ぜんざい

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「おいしいわ」
「ほんまにおいしいですなあ」

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TVアニメ『じゃりン子チエ』には、食べ物を食べるシーンがたくさん出てきます。
主人公のチエちゃんが、最初に食べたのは好物でもあるぜんざいでした。


おばあはんが冷や汗をかきながら、チエちゃんにぜんざいをおごってるのは、
孫娘をかわいがっているわけではなく、
テツを育てた母親であるおばあはんへ、
非難混じりの疑問をストレートにぶつけてくるチエちゃんをうまくかわすためでした。

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「チ、チエ。ぜんざい食べに行きまひょ・・・!」
「うちおばあはんに言いたいこといっぱいあるで」

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この一連のシーンは原作漫画にも劇場版にもない、TVオリジナルのもの。
このシーンが挿入されたおかげで、
チエちゃんと祖母(おばあ)と、不肖の父親テツの微妙な関係が、
わかりやすく視聴者の頭に入ってきます。


のちの相撲大会編で、おばあはんとチエの間に、
以下のようなような短いやりとりがあります。

「この頃だんだん分かってきたけど テツあないになったんは おばあはんの教育が悪かったんちゃうか?」
「とうとうチエにゆわれてしもた」

そこから逆算して創作されたのが、第一話前半のこのシーンだと思われます。

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ところで、TVシリーズのチーフディレクターでありながら、
現場にはあまり関わっていなかったという高畑勲監督ですが、

チーフディレクターとして、TVシリーズのための準備期間が少しはあったはずで、
たとえばこの第一話の演出には別人の名前がクレジットされていますが、
第一話から数話のあいだは、(具体的には高畑監督が演出を直に担当した最後の話数である16話まで)
高畑勲本人が、その演出論を行使していたと考えるほうが自然だと思います。

この冒頭の水増しされた短いエピソードをひとつとっても、
テツという男がいかにやっかいな人物で、チエちゃんがいかに苦労してるか、
おばあはんやおじいはんがテツをどう扱っているかなど、
この作品を理解するうえで必要な基本的な情報が、一挙に視聴者に「ひとつのイメージ」として伝わってきます。
こういう冴えたところには、やはり高畑監督の意思が反映されてるのではないかと思えるのです。


このシーンでは、演出の小道具にぜんざいが使われたわけですが、
食べ物を描写するのが超絶にうまいのが高畑監督であり、
同時にヒトとヒト、モノとヒトなどの、「関係性」を非常に大事にする監督でもあると思います。
この第一話からして、得意の「食べ物描写」を使い、「人間関係」を浮き彫りにするという巧みな演出をしているのです。



■ホルモン屋の客たち 


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チエちゃんの家は、祖父母と同じ稼業のホルモン焼き屋です。

しかしこの店をやっているのは実質小学生のチエちゃん。
労働基準法も児童福祉法もへったくれもありません。

「うちが働かな生きていけんのや」
「テツ食わしとるのはうちなんや」

これは原作で店が営業停止になりかけたときの、チエちゃんのセリフですが、
あまりに悲愴なシーンだっためか、アニメでは映画TVともにカットされてしまいました。

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 チエちゃんの店のホルモンはタレに漬け込んで味をしませた自慢の一品

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 ひとりで調理から給仕から全てこなす働き者のチエちゃん

西荻というのは架空の町ですが、原作者が幼少期を過ごした、
大阪の西成区萩ノ茶屋界隈をモデルにしているといわれています。

アニメでは新今宮駅の反対側に位置する新世界のあたりでロケハンを行ったようですが、
いまの新世界は整頓された観光地のイメージが強い街なので、
新今宮駅を境にガラリと雰囲気が変わるという南側の萩ノ茶屋界隈と比べると、ややものたりないような気もします。

しかしアニメの雰囲気は原作のそれをよく再現していると思うので、ロケ隊は新今宮駅から南側にも足を伸ばしたのかもしれませんし、
ロケハンが行われたのは、時期的に新世界が今のように観光地化する前なので、十分事足りたのかもしれません。

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萩ノ茶屋周辺は、あいりん地区と呼ばれ、日雇い労働者の街です。
簡易宿泊所が軒を並べ、そこで寝泊りする労働者たちは、
夜になると日雇いで稼いだ金を持って駅周辺の歓楽街へ繰り出してきます。
チエちゃんの店は、1串50円という値段でホルモン焼きを出している、労働者のための一杯飲み屋です。

彼ら労働者が、一日の疲れを癒し、明日の労働力を養うために通ってくるのがチエちゃんの店。
店にでているときの彼女のたくましい笑顔は、彼らのための営業スマイルの側面もあります。
客たちもチエちゃんの笑顔を見に通ってくるのかもしれません。

このことは、チエちゃんが不機嫌でブスッとしていたときに売り上げががた落ちしたことや、
「うち意外とおっさんに人気あるんやで」というセリフからも伺えます。


■ 謎の酒ばくだん

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チエちゃんの店には、ビールや日本酒も置いてますが、
ほとんどの客は高いので飲みません。
酒といったら「ばくだん」と呼ばれる酒がでてきます。

「ばくだん」は「ホルモン」と並んで、チエちゃんの店の象徴的なアイテムですが、
この酒は戦後の一時期に出回っていた密造酒で、
酒税逃れのために、人体に有害なメチルアルコールを飲酒用に精製した危険な酒です。

この酒については、『じゃりン子チエ』の研究サイトで有名なここに詳しいので紹介しておきます。
 関西じゃりン子チエ研究会:今明かされる「ばくだん」の真実

私もこのサイトを読んで、筆者の方とほぼ同じ感想をもちましたが、
「ばくだん」は『じゃりン子チエ』の世界にしかない架空の酒とみるのが正しいと思います。

ばくだんを飲む客とのやりとりで「飲みすぎると頭がおかしくなる」という類のセリフが頻繁にでてきますが、
これが密造酒の爆弾だとすると、時代錯誤でもあるうえに、
その危険性は、死亡の可能性を除くと失明の危険が第一にくるはずなので、
ばくだんを描くならば、これらのチエちゃんのセリフはかなりリアリズムに欠けることになります。


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ただ、メチルアルコール由来の粗悪酒ばくだんが、チエちゃんの店の「ばくだん」のモデルだということはできると思います。
原作者のはるき悦巳先生自身がテツと同じ酒の飲めない下戸ということや、はるき先生の生年が1947年ということを考えると、
この酒は、幼少期のドヤ街の怪しい雰囲気を再現することが最優先された結果の、ネーミング重視のアイテムだということだと思います。

そしてその狙いは大成功だと思うのです。
ばくだんは、ホルモンと並んでチエちゃんの店の代名詞ともいえる名物になっています。


ところで第一話には、チエちゃんが飲みすぎの客に水を差す場面が二回出てきます。
ひとつは映画からの転用場面で、原作にもあるシーンですが、
もうひとつはTV用に挿入されたオリジナルです。

なぜ似たようなシーンを二度も入れたのかと考えると。
それが、とくに強調したいことなのだからでしょう。

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 粗悪酒「ばくだん」を飲んでウサを晴らす自暴自棄な男

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「それよりおっさんこれで5杯目やど」
「心配すな金はあるわい」
「金のことやない。あんまり悪い酒飲んでるとアホになるど」

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「それ以上飲んだら頭おかしなる」

客の相手05 
「なんやとこらチビ ワイの金で飲むの何が悪いんじゃ 酒じゃ酒酒!」

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 チエちゃんの愛深き一撃

客の相手04 
「またきてやー」


客が酔うほどに儲かる水商売ですが、チエちゃんもえげつない商売は好かんのでしょう。
商売っけまるだしのようで、客の体調を気づかうチエちゃんの店は、温かみにあふれた優良店なのです。
テツが店主のときは、ぼられますが。


■小鉄のどらん猫時代

 

小鉄は第3話でチエちゃんと出会うため、
まだこの時点では野良猫として放浪生活をしています。

ケンカに明け暮れつつ、池で釣りをして空腹をしのぐような生活。
そんな小鉄の食事シーン。
自分で火をおこして、魚を焼いて食べてますね。
この世界の猫は極度に擬人化されていて、それが作品の大きな楽しみのひとつになっています。



...おまけを読む (作品の感想と解説)

劇場版 じゃりン子チエ

このブログをやっている以上避けて通れないのがスタジオジブリ。
いつかジブリ作品を扱おうと思っていたのですが、
他に紹介したい作品がたくさんあったので、なかなか機会がありませんでした。

『じゃりン子チエ』は劇場版一作と、TVシリーズ二作が作られていますが、
劇場版と、最初のTVシリーズの監督は高畑勲です。

ここでいう「ジブリ」は、「高畑&宮崎」とほぼ同義に考えてるので、
今回のじゃりン子チエも、広義のジブリ作品に該当するのではないかと考えたのですが、
(実際、劇場版DVDはジブリレーベルで発売されています)

TVシリーズでの高畑氏のチーフディレクターという肩書きが、
実際には肩書きほどには重要なポストではなかったという説があり、
また、私もこの『じゃりン子チエ』という作品に関しては、TVの第一シリーズを中心に紹介していきたいので、
さらには、原作への敬意を込める意味もあって、カテゴリーはジブリ外にしました。


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■劇場版とTVの関係

『じゃりン子チエ』の劇場版は1981年に公開され、
これが好評だっために、そのまま同じスタッフでTVシリーズが制作されました。

TVシリーズの10話くらいまでは、劇場版と使用エピソード がかぶるため、
劇場版の動画がそのまま使われています。
背景は、劇場版が大阪のロケハンを生かした緻密な写実的表現なのに比べ、
TVでは、作業効率の割り切りをした、荒々しい水彩画タッチの絵になっています。

画像を細部まで比較してみましたが、
シネスコサイズとTVサイズが違うためか、動画部分には、
描画の細部が微妙に違う(つまり手書きトレスで描きなおした)ものがいくつかありました。
しかし、点描や斜線まで一致するものも多くありました。
つまり劇場版と同じ動画からトレスマシンでセルにトレスしているのでしょう。

劇場版の動画を、TV版に流用するにあたって、
どういう工程でそういう差が生まれたのかは気になりますが、
どちらにしろ、動きに関しては、TVへの流用シーンは劇場版に比べてまったく遜色がないといえます。
カット数もセリフもまったく同じですから、高畑勲のクレジットがない回でも、
初期の10話程度に限っては、高畑勲の演出が色濃く出たフィルムだということができると思います。

次回からTVシリーズを紹介していこうと思いますが、
以上の理由から、劇場版の流用シーンは高畑勲演出として扱います。



ドヤ街のちょうちん明かりの描写が見事な劇場版に比べ、さびしいTV版
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レイアウトは同じだが、建物も配置物もデザインがまったく違う。
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人物以外の小物(この場合割り箸たて)のセル画部分は新たに描き起こされている。
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レイアウトがやや違う場面も。
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TVでは、劇場版が色トレスで書いていた部分を主線トレスで処理している。
 カルメラ兄比較

こんな違いも。
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さて、前置きが長かったですが、ようやく食べ物のシーンです。
高畑作品だけあって、劇場版は食べものがたくさん出てきますが、
そのうち、劇場版にしかないシーンは以下の二つです。

■ 小鉄との出会い

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劇場版では、チエちゃんの愛猫小鉄の登場の仕方が、原作及びTVとは違います。

原作では甘味処でもらってきたのですが、映画では通りかかった野良猫として登場し、
チエちゃんにもらったホルモン焼きをほおばりながら、
マサルとのケンカや、おばあはんがテツにブレーンバスターをかけるのをじっと見つめています。

やがて外から覗き見していた小鉄は、いつのまにか、チエちゃんの横にいるのです。
映画は、小鉄とアントンジュニアの対決でクライマックスを迎え、団欒のスキヤキで締めとなりますが、
俯瞰で見ると、この映画は小鉄に始まって小鉄に終わる構成になっているのに気づきます。
これは小鉄を観客に見立てた演出ではないかと思われます。

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チエちゃんにホルモンを放ってもらう小鉄。

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この世界の猫は人間のように手足を使います

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            じっとテツの顔を覗き込む小鉄


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いつのまにか隣にいる小鉄

原作でも小鉄はチエちゃんの横にぴったりついていて、その理由が明確に描かれていないので、この猫には一種謎なところがあり、
その解釈のためか、TVのほうでもオリジナルの追加シーンにて、
小鉄が野良の生活に疲れて、根をおろした生活をしたがっている様子が描かれます。

映画版では、小鉄登場の構成を変えることで、その理由を簡素にはっきり説明していると思います。
小鉄はチエちゃんが好きなのです。
このでたらめな一家にも興味があるのです。

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単にホルモンで餌付けされてしまっただけにも思えますが、
小鉄は、チエがマサルをひっぱたいたとき、ホルモンを落とします。
これはエサよりも、チエちゃんに興味をもっているという表現だと思います。

そして、観客も小鉄と同じ目線で、興味しんしんこの一家を見守ることになります。

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「人間と付き合うと苦労するよ」

ラスト近くにて、原作にもあるこのセリフをうれしそうにいう小鉄の気持ちが、
ここまで2時間近くチエちゃんたちを見守ってきた観客には、共感できるものになっているはずです。

映画のラストでは、原作と違い、小鉄も一家団欒のスキヤキに参加しています。
つまりこの映画は、野良猫が一家の一員になる過程を描いた映画といえます。
それは同時に、「観客が一家の一員になる」という意味が重なっているのではないでしょうか。

日常のエピソードを数珠繋ぎにしていくと、どうしても流れが緩慢になりますが、
高畑監督はこういった仕掛けで、全体を引き締まったものにしているのです。

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EDsukiyaki 



■ お母はんとぜんざい

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チエちゃんの母親は、旦那のテツのあまりのだらしなさに耐えかね、家を出てしまってます。
娘のチエちゃんとは、たまにこうしてこっそりデートしてますが、
今日のお母はんは、そろそろ家に戻ったほうがいいのではないかと迷っているそぶり。

そんな優柔不断な母に対しチエちゃんは、
テツは少しも変わってないので、まだ戻らないほうがいいとバッサリ。
しかしお母はんのほうが、そろそろ限界なのではないかと思われます。


本来は、このあとに小鉄が登場するタイミングなので、
これは原作にもないシーンなのですが、
映画では、お母はんがぜんざいをぼそっと食べるカットが追加されています。
心ここにあらずという様子で、チエちゃんに語った内容よりも如実に彼女の心理を表していると思います。



原作では小鉄の登場のため、やや明るい感じで流されてしまっていますが、
このシーンがかもし出す独特のイメージは、構成を変えたための副産物といえます。
もしかするとこちらが理由としては先にあったのかも・・・?



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