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じゃりン子チエ 第7話 「テツの最も恐れる日」


■テツの好物かりんとう

今日は家庭訪問の日です。

チエちゃんの担任の花井先生が、向かい合ったテツにやけに親しげに話しかけてきます。
先生のこの態度に、やはりテツも調子が狂うのでしょうか、先生と目を合わさずにボリボリとかりんとうを食べていますね。
テツはかりんとうが好物なのですが、酒も飲めない甘党の彼が気軽に食べられるスナックはかりんとうくらいなのでしょう。

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この日テツは最初から、先生とあまり目をあわせていません。
この間の授業参観のとき、あれだけ脅しておいたのに、この馴れ馴れしさ。
計算どおりに行かない相手に、内心テツもビビっているのでしょう。
よく見ると、額には汗が。
拳よりも精神的なプレッシャーに弱いテツの内面が、こういうさりげないところに垣間見えます。


恐らく、この「目を合わさずかりんとうを食べる動作」とテツが感じている 「プレッシャー」には深い関係があり、
またそこには「食」の意外な側面が隠れていると思うのですが、
このことに関しては、テツがかりんとうを食べているシーンが再びでてくる、第11話 「金賞!チエちゃんの作文」 の回のほうがわかりやすいので、そちらで詳しく取り上げたいと思います。



■ チエちゃんの飲酒


さて、テツをもビビらせた花井先生の余裕の態度でしたが、
このときの花井先生の態度には、強力な裏づけがありました。

彼はチエちゃんの小学校の担任ですが、彼の父親もやはり教師でした。
そして、その人はテツの小学校のときの担任であり、ヨシ江はんとの仲をとりもった仲人でもある人物。
花井拳骨だったのです。

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スルメと一升瓶をもって乱入してくる初老の男性。
花井拳骨の初登場シーンです。

◇劇場版との違い

劇場版では、原作に準拠したTVアニメと違って、構成をかなり大胆に変えています。
この家庭訪問での飲酒シーンは、劇場版では、ヨシ江が家出から帰ってくるエピソードと直結しているので、
竹本一族と花井親子が勢ぞろいしてのお祝いの酒の席になっています。
そのため、問題のチエちゃんの飲酒場面も、驚くおばあやヨシ江の目前で繰り広げられることになります。
(その動画の一部はテレビ版にも使いまわしています)


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「なんか足らんな。ここに酒があってなんかが…」
露骨な催促をする拳骨。遠慮という言葉がもっとも似合わない人です。
さすがテツの天敵だけあるのでした。
「肴や。ウチホルモン焼いてきます」
気の効くチエちゃんは、すぐに台所に立ちます。

普段省略されているチエちゃんのホルモンを焼き始めるまでの手順がここで描写されています。
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おばあがいつも自転車で運んできて置いていくホルモンは、この冷蔵庫の中にしまってあるのですね。

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ガス台に点火装置はないようで、着火はマッチでやります。
火をつけたあと手を振ってマッチの火を消し、そのまま右下に見える缶に放り込むまでの流れるような動作が鮮やか。
いつもやっている手慣れた作業だということが、この動きだけでも一目瞭然です。


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ホルモンから煙が立ち始めると同時に、ひくひくと動く小鉄の鼻。

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「お前もおいで、一緒に食べよ」
小鉄は実に素直な顔でニャーと鳴いて大喜びです。

その小鉄に「猫と人間を分けて考える少女」という評をされたこともあるチエちゃんですが、
人間と同じように猫に接してくれる事だって、たまーにはあるんです。
小鉄が家族扱いされているこのような描写などは、とても温かみがあって良いですね。

劇場版ではお母はんが帰って来てその嬉しさのあまり、ご祝儀で小鉄もお相伴に与れるという意味合いが加わってしまってるので、原作に準拠したこのテレビ版での 「一緒に食べよ」のほうが小鉄にとっては価値があると思います。そしてそれは視聴者にとっても同じことがいえると思います。

※ …テレビ版も、テツの家出の時系列が原作とは若干違い、そのために冒頭でのマサルやタカシのセリフなども若干変更されています。


さあ、ホルモンも焼け、宴の準備が整いました。
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いよいよ問題のシーンとなります。
「こんな悲惨な家族とシラフで付き合えるか!」と、最初からかなり出来上がってる様子の拳骨でしたが、
ついに周りにも酒を勧め始めました。

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「今日はみんなで飲む! 飲んで飲んで、日ごろのモヤモヤを吹き飛ばすんじゃ!」

酒の飲めないテツはもちろんのこと、なんと娘のチエちゃんにも「飲め」と言い出します。
現役教師である(息子のほうの)花井先生は、さすがにこれを止めようとしますが、
「バカタレ! お前みたいな教科書どおりの教育で、この異常な一家を立ち直らせられると思うとるのか」
という怒声とともに殴り飛ばされてしまいます。

拳骨の勢いに気おされたのか「うち飲む」と決断し、飲み始めるチエちゃん。
テレビアニメではめずらしい小学生の飲酒シーンです。


一気飲みするチエちゃん


「けっこうおいしいわ」

と言ったとたん、しゃっくりがとびでます。
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一方飲めない酒を無理やり飲まされて涙目のテツ。
泣くテツの姿などめったに見れないのでこれも貴重です。

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「どんどんいけ。 お前は大人以上に苦労しとる」

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ドンチャン騒ぎは朝まで続き、下戸のテツは店の表に吐いてます。
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さて、ここから少し話を広げて、アニメにおける飲酒シーンの規制の話をしたいのですが、
その前に『じゃりン子チエ』においての、このチエちゃんの飲酒シーンについて、私個人の意見を先に語ってしまいたいと思います。

作中の拳骨は破天荒な人物であり、その初登場となるシーンで破天荒な振る舞い、つまり子供に飲酒を勧めることを含めた無茶な行動をするというのは漫画の文法上正当なものだといえます。
ですから、漫画作品としての『じゃりン子チエ』には不満はないのですが、
花井拳骨という元教育者のとった行動は間違っていると思います。


アルコールハラスメント - Wikipedia

飲酒の自主規制のことを調べると必ずでてくる団体に
NPO法人、アルコール薬物全国市民協会(ASK)というのがあります。

ASKでは、アルコールハラスメントの定義として以下の5つの条件を挙げていますが、
これらは本来いわれるまでもなく、常識の範囲内で守られるべき事柄だと思います。
1、飲酒の強要
2、一気飲ませ
3、意図的な酔いつぶし
4、飲めない人への配慮を欠くこと
5、酔ったうえでの迷惑行為

この基準でいうと、拳骨の今回の振る舞いは、1から5まで全部当てはまってしまうのではないでしょうか。
下戸であるテツに強い立場を使って飲酒を強要しているのも問題ですが、
子供のチエちゃんに酒を勧めたのはもちろん罪になります。

私自身が酒を飲むほうであり、あまり飲まない友人に飲ませようとする性質なので、
これは自戒を込めて考えなければならない身近な問題です。

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 弱い立場の者は、強い者に逆らうのは難しい

さらに拳骨は「ワシが責任をとる」といっていますが、
急性アルコール中毒のような、命に関わるようなもしものことが起こった場合、責任は取ろうと思ったって取れるものではありません。

恐らく拳骨のいう「責任」とは、法的な責任のことで、
警察にしょっ引かれる覚悟はあるという程度のことなのでしょう。
ですが、彼は教育者なのですから責任の範囲はもう少し広げて解釈しても良いはず。

子供の飲酒は急性だけではなく、慢性的なアルコール中毒になる危険も高いといわれていますから、
チエちゃんのその後の人生に全て責任が取れるというのなら、それは嘘になります。
そもそもがテツとヨシ江の縁をとりもって仲人までしたのが拳骨ですから。
チエちゃんの「ひどいことするなあ」という感想からも、大雑把で無責任な人だということがわかります。

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「ひどいことするなあ…」
思わず本音がでるチエちゃん。
しかし彼女がこの世に生まれてきたのも拳骨のおかげ。

拳骨はチエちゃんに飲酒をさせる理由として
「教科書どおりの教育で、この異常な一家を立ち直らせられると思うとるのか」

といっていましたが、この日拳骨がやってきた目的はヨシ江とテツを仲直りさせることです。
そういう意味ではテツとヨシ江の結婚のアフターケアをしているわけですから、「責任感」があり面倒見が良いということもできそうですが、チエちゃんがこの日拳骨を初めて認識し、拳骨も「大きなったなあ」と言っているということは、彼女が大きくなるまでこのデタラメな家をほったらかしであったことを意味し、そう考えると拳骨はやはりいい加減な人のようです。

さらに拳骨は、肝心の仲直りの工作は後日にまわして、 この日はドンチャン騒ぎをして帰っただけですから、なにがしたいのかよくわかりません。
もうかなり出来上がった状態でやってきてるので、この日は拳骨自身もなにを言ってるのかよくわかってないのかもしれませんね。
(その点、劇場版ではヨシ江はんが帰って来ているので、ドンちゃん騒ぎに「祝賀」という立派な意味が備わっていました。)

さて、今回は拳骨の行動を批判しましたが、もちろん野暮なことをいっているのは私のほうで、
拳骨はアニメの登場人物ですから現実離れしているのは当たり前で、
拳骨はでたらめでいい加減な元教師なのだと受け止めればいいだけの話であり、それだからこそテツと馬が合うといえます。
それは筋の通ったキャラクター造形として褒められこそすれ非難されるのはお門違いといえます。
たとえば私が今回書いたようなことを理由に、もしも作品を放映するなというような規制をすることがあれば、それはとんでもないことだと思います。

それに時代を考えると、この描写には仕方のない部分もあると思います。
それは、この作品が作られた1981年という 時代には、まだこういう酒を強要する行為が負の面で語られることがない価値観で世の中が回っていて、
そのような酒の負の面は、ASKのような市民団体の地道な活動などによって、ようやく公に語られるようになったものだからです。
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・ASKについて
なお、NPO法人ASKの活動のうち、広告規制については、私の感想はあとで紹介するブログ、
「ぜろだまBlog」の記述と同じ意見です。つまりそのまま引用させていただくと、

この団体の行っている飲酒運転・薬物乱用・アルハラ(アルコールハラスメント。イッキ飲みをやらせる、飲めない体質の人に飲酒を強要するなどの行為)防止のキャンペーンには共感できるのだが、個人的には広告・映像関係への"配慮"の要請が「表現狩り」の域にまで踏み込んでいるように思えてやや気になった。

ということです。
ASKは、NPOが現在のように規制緩和で乱立する以前から、社会のために長く活動している団体であり、
その意義ある活動には頭が下がりますが、同時に自らのもつ力の使い方を誤らないでほしいなと感じます。
以下のリンクにあるような、多少ムチャな感のあるCMの規制の要望に関しても、実は私としては一理あるなと思うものばかりです。
しかし、ひとつの理の前にいくつかの不合理があったとするなら話は複合的に考えなければなりません。

やはり、何事も(まさに酒も)そうであるように、いきすぎると思わぬ弊害を新たに生まないとも限りません。
この場合は、表現の自由との軋轢や、商業規制の弊害がそれにあたります。
ただし、どこからが弊害かというのは線引きが難しい問題であり、
やはりこういう難しい問題は、最後にはバランスの調整がポイントなるのだと思います。

このことは飲酒の節度とも似た話です。
そのバランス感覚がどう決定されるかは、ASKの活動が天秤に乗った重りだとすれば、
天秤のもう片方の重さで決まるのだと思います。
つまり、ここからは行きすぎだという判断をすることです。
酒だって、ここからは飲みすぎだという判断さえできれば長く付き合える嗜好品ですからね。

「WHO効果」はどれほど?
06年企業アンケート 結果報告


・アニメ作品における未成年の飲酒シーンについて


酒、セックス、麻薬、暴力。
これらをテレビや映画で流すことに年齢制限などの明確な基準をもつ自主規制先進国である米国などと違い、日本では年齢制限を設けてレイティング規制しているのはもっぱら映画での性表現や残酷表現に対してであり、誰もがチャンネルを合わせられるテレビの自主規制となるとケーブルテレビなどの一部の放送形態にレイティングの基準があるだけで、地上波放送となると厳格な基準を決めているわけではなく、特に暴力シーンに対しては、まだまだおおらかな部分が残っているようです。
基準のしっかりしている映画にしても、アニメ作品に限ってみると、実際には日本で15歳以下の観覧を禁じるR-15の指定を受けているアニメ映画は数えるほどしかありません。

制限指定のアニメ一覧 - Wikipedia

とはいえこの十数年、日本のアニメでは未成年の飲酒のシーンにかなり過敏になっています。
現実を見回してみますと、たとえば未成年である大学一年生や二年生に飲酒経験がないなどということは、ほとんど皆無に近いわけですが、それは日本の現状では脱法行為ということも間違いないのです。

ですから、子供も見る機会が多いアニメ番組で未成年が飲酒するシーンをおおっぴらに描くのがはばかられることには理解できる部分もあると思います。

実際には、深夜のノイタミナ枠での『NANA』など、明らかに高い年齢の視聴者層に向けたアニメなどでは、未成年の飲酒シーンが皆無というわけでもないようです。

ですが、アニメが子供が見るものと相場が決まっている欧米と違って、日本ではアニメに幅広い年齢の視聴者層がいるので、線引きが難しいという事情はあるかもしれません。
漫画アクションで連載されながら夕方の子供向けテレビアニメになった『じゃりン子チエ』などはまさに好例です。

ですから、深夜の放送であっても子供も見ていることを前提に、とりあえず自主規制をしておいたほうが無難だという理由で飲酒シーン、とくに未成年の飲酒シーンの自主規制に神経質になってしまうということでしょうか。

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この問題に関しては、実際の規制の例をみてもらうのが一番良いのですが、
ちょうど、作例を出しつつ丁寧に紹介しているブログをみつけました。
ぜろだまBlog:アニメの飲酒シーン規制

ここでは規制の例を、作中のキャラクターが成年の場合未成年の場合にわけて詳しく解説していますが、
なかでも、大人の飲酒・喫煙シーンまでが、過去の作品に至るまでアメリカの基準でカットされるというくだりは、背筋が寒くなります。
キャラクターの内面まで変えられてしまうことになる『新世紀エヴァンゲリオン』が例に挙げられていますがこういう文化を破壊するような対米輸出なら、しないほうがマシなんじゃないかと思えてきます。

未成年の飲酒に関しても、最近作の『もやしもん』を例にとり、自主規制によって原作漫画での微妙なニュアンスがアニメで変えられてしまっている様子を詳しく解説しています。
最近よくみられる飲酒回避のパターンである
「酒を飲むシーンがノンアルコール飲料になっている」というのも
『魁!クロマティ高校』を例にあげて説明しています。

このパターンで私が思い出すのは、このブログでも紹介していた『みなみけ』なのですが。
その最終回、第13話に「擬似飲酒シーン」が登場します。
そこでは、登場人物の未成年の少女たちがノンアルコールの怪しい飲料を飲んで、
前後不覚になって錯乱したり、倒れる様子が描かれています。
しかしタテマエ上これは飲酒ではないし、アルコールで酩酊しているのではないということになっているのがミソです。
◆『みなみけ』第13話にて「輸入品の高級ジュース」を飲むシーン
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「未成年はお酒は駄目だゾ」
言う必要のない場面でわざわざお酒の規制のことをいうことによって、
これがお酒である事を暗示するというちょっとズルいやり方。

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全員顔を赤くしてダウンしているのですが、
それはあくまで妙な効果のあるジュースを飲んだからで、
公式には酔っ払っているわけではないのです。

(※ 原作漫画では、最後の最後に「よっぱらい」というキーワードが出てきてネタばらしをしちゃってる感があるのですが、アニメでは最後まですっとぼけています)

『クロマティ高校』にしろ、『みなみけ』にしろ、
コメディ作品やギャグ作品だから可能なことだったのでしょうが、
「飲酒表現の自主規制」を逆手に取った形で飲酒を描くことで、
楽屋ネタではありますが、新しいギャグの表現を編み出したといえます。
こういう悪ふざけができる土壌があるうちは日本はまだ大丈夫かなとも思えます。
本当に表現に規制のある国ではできないことですからね。

これは酒やドラッグの問題が深刻な米国とくらべて、まだ日本の社会にはそれらの問題を受け入れて処理していけるだけの余裕が残っているからだと思います。
規制が社会の安定のバロメーターならば、アニメの内容は過激なほどに安心感のある社会といえるのかもしれません。
そういえば『じゃりン子チエ』で飲酒シーンが堂々と描かれた1981年といえば、今よりもだいぶ社会に包摂力があった頃です。
拳骨のように、他人である大人がいくら元生徒とはいえ、よその家の事情に首を突っ込み、よその子供の様子を見に来るというのが当たり前にあった時代だからこそのあのシーンなのかもしれませんね。
そう考えていくと、現在の日本の飲酒の描写に対する自主規制は、社会的な不安が反映されているようにも思え、アニメの描写できる範囲が狭くなったそのことよりも不気味です。




...おまけを読む (作品の感想と解説)
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