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巨人の星 第18話 「一番恐ろしい敵」


■星家と伴家の夕食

banke 
紅洋高校との練習試合で大活躍をし、伴の家に招待される飛雄馬。

伴の父親は、ライバル会社の花形モータースの御曹司である花形満に、野球で一矢報いることが出来て、大変な上機嫌です。

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「ささ、遠慮しないでどんどん食べてくれたまえ」

112102 odorokuhyuuma 
         「しかし贅沢なもんだなあ…」

裕福とは程遠い家庭で育った飛雄馬にとって、
伴の家の食事は想像もつかないような食生活です。
といっても今日のメニューは飛雄馬へのもてなしの食事ですから、普段よりも奮発はしてるのでしょう。

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伴家での豪華な食事にオーバーラップする、星家の庶民的夕食。
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まるで魔法が解けて、
ご馳走がアジの開きに化けてしまったような演出には、
監督の意地の悪さを感じざるを得ません。
(そして素晴らしい演出だと思います!)

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家では、帰りの遅い飛雄馬を父と姉が待っています。
現在では個食化が進み、家族がそれぞれの生活時間帯にあわせて
バラバラに食事を摂るという風景も珍しくはありませんが、
この時代には「食事は家族全員そろってする」というのは常識的なことです。
特に星家では家訓のようなものなのでしょう。


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学校新聞に大きく取り上げられた
飛雄馬の記事


やがて飛雄馬が帰宅して、自分の活躍を伝える学校新聞を父に差し出すと、
一徹はそれには見向きもせずに言います。
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「うちの飯はまずくて食えんというのか」

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寂しそうに無言でうつむく明子。
この表情は怒られるよりきついですね(笑)

飛雄馬は申し訳なさを感じながらも、
連絡しなかったのは悪かったけど、せっかく御馳走してくれたんだから、そんな言い方は伴に悪いだろうと言い返します。
まことにもっともな飛雄馬の言い分。

それを一徹は「それは別問題だ!」とバッサリ。
そんな父の態度に納得できず飛雄馬は食い下がります。
自分が初めてとりあげられた新聞を、手に取ってくれてもいいだろうと訴える飛雄馬。
まことにもっともな言い分です。

それに対する一徹の返答がこれです。

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「フンッ!」

「おい明子、メシだ! 待ちくたびれた」

この父の態度に憤慨した、飛雄馬は家の外に出て行ってしまいますが、
一徹はそれを見送ったあと、ひとりつぶやくように心のうちを語ります。

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「あいつはまだ他人にチヤホヤされるには早すぎる。
たった一試合、紅洋打線を押さえたぐらいのことで甘やかされてはいかん。
勝負は一生つきまとう」


その夜、家族が寝しずまった頃、一間しかない安普請に明かりがついています。
灯ったランプの下には、にやけながら新聞記事をスクラップするツンデレ一徹の姿が・・・

tsundereittetsu 112118
父の厳しさだけでなく、その裏に潜む優しさをも、その身いっぱいに受けて育った飛雄馬は、
苦難の道を進みながらも、待ち受ける落とし穴を事前に回避し確実性の高いルートを着実に進んでいきます。
それは過保護ともいえる父の気の配り方によって誘導された道だといえます。
栄光の巨人の星を目指すという困難極まる道のりに必要なのは豪胆さなどではなく、
むしろ神経質といえるほどにデリケートな歩み方が必須ということでしょう。
突き放されているようでいて、この道程は過保護な父と一心同体。二人三脚の歩みなのです。



■ 星一徹が残した呪縛


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バットを真剣に見立て、
飛雄馬の慢心を斬る一徹

今回、一徹の諭しによって、
飛雄馬は、自分の中の慢心こそが真の敵だということに、ようやく気づきました。

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「飛雄馬 よくわかってくれた」

涙を流し抱き合う親子の姿はまことに美しいのですが、同時に、
「その敵に気がつかなかったら 俺はお前を捨てていたぞ」
という一徹のセリフにぞっとさせられます。
一徹なら言葉だけでなく、本当にそうしかねないからです。

一徹は以前酒に酔った勢いで
「野球嫌いは俺の子じゃない!」と言い放ったことがありました。
野球をしない息子は息子でない。

子供からしてみれば、
「親にとって本当に自価値があるのは”息子”である自分でなく、”野球をしている息子”に価値があるのだ」
ということに気づいてしまったら、そこに親子愛がまだ存在しうるのかは甚だ疑問です。


 ・リアルを侵食する一徹イズム

最近のボクシング界には、ヒールとして一躍スターダムにのし上がった亀田一家がいますが。
その一家の柱”亀田父”こと亀田史郎氏は、長男が世界タイトルを獲ったとき。
記念に一通の手紙を世界王者になった息子に贈っています。

この手紙はTV放送用に書いた(ディレクターのお膳立てのある)もので、これも亀田流のショーのひとつなのでしょうが、この手紙の文面が問題です。
のちにこの手紙は、梶原一騎原作の野球漫画「侍ジャイアンツ」にでてくる川上監督のセリフをまるまる拝借し、細部を少し変更しただけのものだったことが明らかになってしまいました。

まあちょっと恥ずかしいくらいの盗作なわけですが。
それよりも、亀田父があの時代のそんなマイナーな漫画を拝借できるということが注目です。
彼は、あの時代の漫画の直撃世代からは少し若い世代のはずです。
だとすると彼はかなりの梶原ファンに違いありません。
となると当然、同じ作者の作である野球漫画の金字塔でもある『巨人の星』や、ボクシング漫画の傑作『あしたのジョー』を読み込んでいることは想像に難くありません。
ちなみに、彼が拝借した「梶原節を語る川上監督」は、『巨人の星』においても、一徹を上回る厳しい教訓を体現する男として登場しています。

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このことを踏まえて、改めて世間に喧伝されている亀田家のヒストリーを振り返ってみると、
亀田父の「スパルタと愛情」の二本柱で息子たちを育てている姿は一徹と容易に重なるように思えます。

まるで一徹のように一心同体となって育てあげた大事な息子の、世界王者奪取というこれまた大事な節目は、「兄弟三人が世界王者になる」という亀田家の目指してきた目標を現実のものとする最終段階への一歩でもあったわけですが。
いくらテレビ向けだといっても、晴れの日がこのような形で祝われていいはずはないでしょう。

目指してきた道程の最終段階に位置する記念の日に贈った手紙の内容が、
漫画から拝借した借り物だったとなると、
これまでの亀田式教育そのものが、形だけをなぞった形骸化したものだったのではないかと思えてきます。
「まるで漫画」という形容がありますが、亀田家においてはこの比喩はあながち比喩でもないわけです。

そしてそれは、一徹のように自分自身にも筋を通したものでもなく、魂がこもったものでもないんだろうと。

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それも当然というか、『巨人の星』はあくまでフィクションであって、そこにこもる魂までもを現実に再現できるかは別問題なのです。
一徹は、自分自身にも飛雄馬に求めたものと同じルールを貫き通していますから、
一徹を忠実に目指すのなら、その人はまさしく「鬼」になるしかないのです。
これは漫画の中の住人であるから成しえたことともいえます。

しかし一徹熱に侵された人間には、そのようなところは目に入らないのでしょう。
一徹の生き方の中から、「おいしいところ」だけ拾おうとするのです。

そういった自己矛盾を抱えた親の姿は、それを見上げる側の子供の目線からすると、より鮮明に読み取れたりする場合もあるでしょう。
しかしそこまで親の真の姿が透けて見えてしまったとしても、親に逆らっては生きていけないのが子供です。
子供はその生物学的な宿命上、養い主であり保護者である親の機嫌や空気を読んで育たざるを得ない生き物だからです。

・見捨てられたくない子供

亀田家ヒストリーの中には、週刊誌が書きたてた醜聞もあります。
週刊誌の三文記事を鵜呑みにすることは危険ですが、中には中傷を目的とした創作にしては意図がよくわからないようなものもあり、そういった文章からはある程度のリアリティが読み取れるように思います。

たとえば、こういうエピソードがあります。
次男の大毅君が中学生のとき、彼は空手のジュニア大会に出場しました。
しかし過去に長兄と末弟が優勝を勝ち取ったというその大会で、次男の彼は優勝できませんでした。
そして、優勝できなかった罰として亀田父は、
会場に大毅君を置き去りにして、ひとりで帰ってしまったというのです。

異様だったのは、父親の行動よりも、そのあとの大毅君の様子です。
彼はなんと、ひとりで電車に乗ることが出来ずに、おろおろと会場で途方に暮れていたというのです。
記事をそのまま解釈すれば、彼は切符の買い方を知らないという、
この年齢にしてはだいぶ非常識な育ち方をした子だったということになります。
つまり、それだけ亀田家の中で濃密な親子関係で育ったために、彼は亀田父の与えた環境以外の外の世界に疎かったという読み取り方ができますし、
控えめに見てもこの件は、電車賃を持たせずに、大阪から離れた奈良の会場に子供をひとり置き去りにしたということになります。
その頃亀田一家はすでにマスコミの取材対象でしたが、見るに見かねた取材陣のひとりが大毅君を車で自宅に送り届けてやったそうです。

ここで、今回紹介した『巨人の星』での、一徹のこのセリフをもう一度思い出してみましょう。

「その敵に気がつかなかったら 俺はお前を捨てていたぞ」

亀田父がやったのは、本気でなかったにしろ。
こういう行為であったのではないかと思うと、ぞっとします。
また、本気でなくパフォーマンスだったのだとしたら、
その行為の裏に潜む、親子関係の歪みが見えてくるようで、やはりぞっとするのです。

これまでにもこのブログでは、一徹の子育てに関してこう言ってきましたが、
「過剰に厳しく育てる」という行為は、「過保護に育てる」ということと同義の部分が存在し、
過保護に育てられた子供が親に見捨てられるいうのは、放任で育てられた子供よりも落差のぶんだけダメージが大きいはずです。
ですから、そういう子に「見捨てる」という態度をチラつかせるのは、
その子にとって最大の脅迫になるといえるのです。
この場合子供は、もちろん文字通りに「必死で」努力することでしょう。

このことを亀田父が十分に承知していたのだとしたら、亀田父の子育ては果たして健全な親子関係といえるでしょうか。
私には”意識的にしろ無意識にしろ” そういう算段が存在していたとしか思えません。

とすれば、いくら愛情があるといっても、その額面どおりの「愛情」が、果たしてそこには本当に存在するのでしょうか。



亀田父ほど露骨でないにしろ、この一徹の呪縛は、
これまでに有名になった親かかり系選手の多くに見られる気がしてなりません。

彼らの特徴は、親が有名な選手であったような「親子鷹」ではなく、
「鳶が鷹を生んだ」ということです。

星一徹は、本来ならば長嶋をも超える幻の名三塁手になっていたほどの器でした。
ですから、一徹を鳶と称してよいのかはわかりませんが、
名を残すことなく夢破れ、その夢と野望を我が子に託すという図式は、
現実にテレビや新聞を賑やかすような、親子で歩んできて成功を収めた有名スポーツ選手の多くにいえることです。

北京オリンピックでも活躍した女子卓球の福原愛さんは、その昔「卓球少女愛ちゃん」としてテレビに引っ張りだこでしたが、
母親の厳しいコーチと愛ちゃんの泣き顔が有名になりました。
私もその様子を覚えていますが、一番気になったのは
練習中の母親の「卓球やめる?」というセリフでした。

愛ちゃんはそのたびに泣きながらかぶりを振って、「やる」と構えをとるのですが、よく考えてみると、この少女に「辞める」という選択ははじめからありえないのです。
私は当時このTVを見ていて、この母親のセリフの言外に「卓球捨てたらお前も捨てるよ」という圧力を感じました。

最近の福原はというと、北京オリンピックでメダルには届かなかったものの好成績を残し、
その北京の宿泊中に恋人が出来たせいなのか、晴れ晴れとした顔で卓球をしていたので、その笑顔をみると良かったなあと思うのですが、試合に負けそうになって厳しい表情をみせるとき、いまでも子供の頃のような泣きそうな顔の面影が重なることがあり、少し胸が痛むのです。

近年では子供の頃のように泣き顔を見せなくなり、素直な笑顔を見せるようになった彼女ですが、その彼女が久々にマスコミで見せた涙が、2005年の中国の番組での「家族は本業をやめられたそうですが、あなたが一家を背負うことにプレッシャーは無いですか?」
という質問に対してだったことは、福原という選手の歴史を語る上では重大なことに思えます。
福原愛- Wikipedia


・スーパーヒーローの光と影

今回は、ネガティブな話ばかりしましたが、
そもそもスポーツの世界は、生まれ持った才能や月並みな環境だけで頂点に輝けるほど甘い世界ではないのですから。
その世界で頂点を目指そうと思えば、幼少の頃からの英才教育は不可欠といってよいでしょう。
そうなると、上に行く選手の素養として、親子関係がより重要になってきます。

野球の世界をみてみますと、
父親が英才教育を施したスーパー選手に、世界的な大リーガーにまでなったイチローがいますが、
彼の父親は、息子は野球が好きで好きで進んで練習をしたがるので、むしろこっちがついていくのに大変だったということをいっています。
実際そうだったのかもしれません。

ただ、先ほどの福原の顔や、亀田家の醜聞を思い出すと、これを額面どおり受け取っていいのかなという疑問が湧いてもくるのですが、
どちらにしろ、あそこまでの選手が育った背景に、父親との一心同体の英才教育が不可欠だったことは事実でしょうから、イチローのスーパープレイの影に、仮にどのようなネガティブなドラマが隠れていたとしても、ファンとしてはそれを寛容するしないという以前の問題です。
イチローが偉大な選手であるということ自体には、ひとつの疑いをはさむ余地もないのですから。



だいぶ生々しい話になってしまったので、
最後に、漫画の世界の住民である星一徹評に話を戻しておきましょう。
星家の長女である星明子が、父のすごさがまたひとつわかったと、
死んだ母親に話しかけるセリフを紹介します。
112128 
「お父さんって鬼ね 怖くてやさしい鬼ね」

一徹のすごさは、名前の通り「徹する」ことが出来ることです。
一徹は、恐ろしさも一流であり、やさしさもまた一流。
その相反するような両面に棲んでいるのは、どちらも「鬼」なのです。







余談になりますが、この記事の下書きをしている最中(2008年10月のことです)。
静岡県の沼津警察署で男性巡査の拳銃自殺がありました。
悲しいことに、近年では警察官の拳銃自殺が多発していて珍しいことではないのですが、
この事件が私の目を引いたのは、別の理由からでした。
亡くなった25歳の男性警官の名前が飛雄馬だったのです。
この方のご両親のうちどちらか、恐らくお父さんでしょうが、
息子さんを星飛雄馬のように育てたかったのかもしれません。
丁度書いていたこの記事との因縁を感じずにはいられませんでした。


それと、これは私的なことに過ぎないのでここに書くべきか迷ったのですが、
この話題に関してここまで書いたのなら、書き記しておくのもいいと思います。
私は幼い頃に父を亡くしていて、その顔も知らずに育ったのですが、
聞き及ぶところによると、父は『巨人の星』を全巻揃えていたといいます。
そのコミックスは形見分けで人にあげてしまったそうなのですが、
子供の頃の私は、アニメの『巨人の星』の再放送に夢中になっていましたから、
なんで息子の俺にとっといてくれなかったんだと憤慨したものです(笑)
その替わりに、父の遺した書庫から当時流行っていた「スパルタ式教育」の本が出てきたときにはひやっとしました。
これらの本を買い求めたのは、私が生まれるよりもかなり前のことになりますし、
父は教育者でしたから生徒に話をあわせるため、また学校教育の参考にこれらの本を持っていたようです。
(当時の教室では、やはり『巨人の星』は相当話題になっていたようです。)
生前の人物評を聞く限り、おそらく父は流行りものが好きな性分だっただけなのでしょうが、
あるいは私の父も、私を飛雄馬のように厳しく育てたかったのかなと思うことがあります。
(むしろ私のような自堕落な人間こそ、飛雄馬のように厳しく育てられるべきだったのかもしれませんが・・・(・∀・;))
そういった事情もあって、『巨人の星』をみるとき、私も一徹に透かして父の像をみている部分があるのかもしれません。

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