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じゃりン子チエ 第6話 「テツと運動靴とマラソン」



■ 花を食べる


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店先に花が一輪。
これは、チエちゃんとお母はんとの秘密の合図です。
花が置かれたときは、お母はんと会える日なのです。
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第6話は武元哲名義で高畑勲が監督した回ですから、
映画にでてこない細かいシーンにも注目です。

原作の描写のうち、映画には出てこないシーンがこちら。

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店先に置かれた花を、最初に見つけたのは小鉄でした。
この形状はチューリップですね。

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原作では淡白な描かれ方ですが、このあたりの描写がTVアニメでは膨らましてあります。

花をくるくるとまわして、鼻の上に乗せてじゃれている小鉄。
花の美しさを愛でたり良い匂いをかいでいるようにも見えます。
だとすれば、小鉄もなかなかしゃれた趣味をしていますね。
しかし、その花を愛でる衝動が、そのままストンと食欲に変わったのでしょう。
少し花を見つめたあと、「これは食べ物だ」と判断したのか、いきなりかぶりつきます。



チューリップはユリ科の植物です。
同じユリ科にはニンニクやたまねぎなど球根が食べられるものもありますが、
チューリップは基本的に食べられません。
根っこから葉っぱ花にいたるまで毒があり、これは神経毒で心臓に作用します。
花も毒性が強く絶対に食べてはいけませんし、犬や猫を飼っている家では、
小鉄がやったように、犬や猫が勝手にかじって食べたりしないように注意が必要です。

チューリップの生産で有名なオランダでは戦争中の食糧難のときに球根を食べたようですが、
毒抜きか、でんぷん質を取り出す加工をしたのでしょう。
オランダでは、その名残で、いまは食用に改良されたチューリップが広く食べられているようです。

一般に、たまねぎを犬や猫に食べさせると死ぬといわれています。
これはたまねぎに含まれる壊血性の成分硫化アリルが、
(代謝の関係で)人間よりも解毒能力の低い犬猫にとって致命的な毒となるためです。

チューリップも同じユリ科ですから、人間の場合よりも犬猫に致命的に作用するようです。
小鉄がチューリップをバリバリ食べても平気でいられるのは、彼が小鉄であるがゆえと言えるかもしれませんね。
繊細なところのあるジュニアなどが同じものを食べたら、その場で卒倒してしまうような気がします。

・花食文化
世界には花を食べる食文化が存在します。
花は観賞用という意味が強いのと、毒があるものも多いので、
あまり食べものとしては認識されていませんが、スーパーマーケットを見回してみると、
野菜コーナーにあるカリフラワーやブロッコリーも開花する前の花のつぼみの部分ですし、日本で昔から食べられている菜の花やフキノトウもそうです。
他にも日本では、たんぽぽ、菊などが刺身の横についてますね。
バラやスミレなど観賞用にしか見えない花も実は食べられます。

花は生命の大事な部分、生殖にまつわる部分ですから、他の部位と違った栄養があるように思えます。
野菜の中でもブロッコリーのダントツの抗がん作用は有名ですが、それも花の部位だからと考えると腑に落ちる気がします。
少なくとも、花の部分はあまり食べられないだけに、我々が普段摂っていない栄養素があるということはいえると思います。
ですから花は日常の中で積極的に摂っていきたい食品なのです。


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さて、いたずらにチューリップの花をたいらげてしまった小鉄ですが、
大切なお母はんの合図の花だったものですから、現場を目撃したチエちゃんはヘソを曲げて、
小鉄を縁日に連れて行くのをやめて一人で行ってしまいます。

このとき、嘆きわめく小鉄がちょっと可愛いです。

実は原作ではこのシーン。
小鉄は紐につながれていてその場を動けません。
しかしアニメでは紐が描かれていないので、意味がかなり変わってきます。

これぞ高畑マジックですね。
紐を一本消しただけで小鉄とチエちゃんの関係に深みが増し、
小鉄の可愛らしさが倍増されています。
だって縁日に行きたければ、小鉄は勝手に行けば良いのですから。

たぶん小鉄にとっては、縁日に連れて行かれるというのは、買い食いのお相伴に預かれるチャンス。
小鉄がわめいているのは、それがふいになってしまったからなのでしょう。
月の輪の雷蔵と恐れられた風来猫も、もう完全な飼い猫ですね。




■ 縁日の食べもの

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ねじり鉢巻のおっちゃんが回転焼きを焼いています。
その肩越しに往来を見ると。
屋台の向こうを歩いていくのは、チエちゃんとお母はんですね。

今日のお母はんとのデートの場所は、神社の縁日です。

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チエちゃんたちは、様々な露店の前を通り過ぎます。
リンゴあめに、手焼きせんべいに、べっこうあめ。
ここではでてきませんが、
露店の定番であるお好み焼き、たこ焼き、焼きそば、イカ焼き、磯部巻きなども縁日では人気です。

縁日の食べ物は、言ってしまえば粗悪品です。
最低ランクの怪しい素材で作ったものを、原価の数十倍の価格で売っているボロ儲けの商売ですが、それをぼったくりというのはヤボというものです。
料理の味には雰囲気というスパイスも大事。
食料品のパッケージや、ワインのラベルがデザインに凝っているのはそのためです。
露店は雰囲気で食わせてナンボですからね。
そしてそこに金を出して買う価値があるからこそ、みんなこぞって買うわけです。

縁日には、食べ物屋のほかにも露店がでてきます。
このシーンでは、金魚すくいや、ヤドカリ売り、お面やフーセン売りもでてきます。
その中には、テキ屋商売といえばこの人、フーテンの寅さんも混じってますね。

屋台 


さて、ここで、カルメラ兄弟が再登場します。
のちにこの作品の名バイプレイヤーに成長するキャラクターです。

この兄弟の生業はテキ屋のようですね。
のちに彼らはアマチュアヤクザと自称していますが、ヤーさんと呼ばれるのを否定もしてないので、店を出すにあたって彼らは、ヤクザ系のテキ屋組織に管理されているのだと想像できます。

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「こないだはどうもお世話になりました」

初登場時とは態度ががらりと変わり、低姿勢。
「ワシおごる」と、チエちゃんにカルメラをごちそうしてくれます。


この二人。カルメラを焼くからカルメラ兄弟というわけですが、
カルメラの屋台をやっているという設定は、恐らくあとからつけられたものでしょう。
初登場から少しの間は、テツを「おまえ」呼ばわりするという恐ろしいことをしているので、
当初は、テツにひどいめにあうだけの端役だったように思います。



カルメラは砂糖菓子です。
作中では「カルメラ」と呼称していますが、この他に「カルメ焼き」、「カルメラ焼き」という名称もあります。
砂糖と水と、卵白、ベーキングパウダー(重曹)を混ぜ合わせて、
それをかき回しながら加熱することで重曹から発生する炭酸ガスでふくらませます。
ぷくーっと膨らんだ形で冷えて固まるとカルメラの完成。

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あらら、ぽしゃっとつぶれてしまいました。
カルメラは作るのが難しく、うまくふくらまなかったり、焦げたりと、なかなか技術がいる菓子です。
このようにぽしゃっとつぶれてしまうのは、中に大きな気泡が出来ているせいですね。
かき混ぜるときに気泡が大量に出るので、それを逃がしてやらなければいけないようです。

(参考)カルメ焼き#失敗のしかた

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「アホ! 何べん教えたら膨れるようになるんじゃい!」

ヘタをこいた弟に見事なハイキックをいれるカルメラ兄。
原作では殴るだけですが、アニメでは初登場時と同じく元キックボクサーのクセが出ています。
キックボクサーを廃業して、テキ屋商売の道を歩むことになったカルメラ兄は、
カルメラを焼くのにも格闘技と同じ厳しさで挑んでいるのでしょう。
この回に出てくる特大カルメラは熟練した技術なしには成しえない見事なものです。

他も見て回りたいというチエちゃんに、あとで絶対寄ってくれと念を押すカルメラ兄。
テツにトドメを刺されそうになったとき助けてもらったことに恩を感じているようです。

このあとこの二人とチエちゃんの関係はずっとかわらず、
「テツの子」という強大な権力を背景にしていることもあって、
チエちゃんはまるでヤクザの姉さんのような位置に収まってしまいます。

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「ドッジボールみたいな特製作っとくよってな」

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そのドッジボールみたいな特大カルメラがこちら。

それを歩きながら食べるチエちゃんの描写は短時間のカットながら
力の入った作画です。


カルメラは食感が軽いので、
サクサクと難なくかじれる食べ物です。

最初のひとかじりで、かじった箇所とは別のところから大きな塊ごとばきりと折れ、
それが口の中に吸い込まれると、まだ飲み込んでいないのに間髪いれずに、
ふたかじりめ、三かじり目と、立て続けに歯型がつきます。
表面は硬いが、口の中で溶けやすく、質量が少ないので、すぐにまたかじれる。
短い尺のカットでこれだけの情報が入っています。

演出意図が作画の中にきちんと縫いこまれていると、
その物体の性質までが視聴者に伝わってくるという好例ですね。



・海苔巻きを食う百合根

ところでこの回には、めずらしく原作からカットされているシーンがあります。
しかもそれは食事シーンなのです。
このシーンは、劇場版にもTVアニメにも入っていません。
私としてはかなり気に入ってるシーンでもあるため、これが高畑監督の手でアニメ化されなかったのは少し残念です。

問題の箇所は、(原作では)カルメラ兄弟と分かれて縁日をねり歩いてる最中、百合根と出会うシーンにあります。
チエちゃんは、せっかく職をみつけたテツをクビにさせまいという計算ずくで、
「お母はんの寿司はものすごおいしいから」と、遠慮する百合根を強引に昼食に誘います。
アニメでもお母はんが重箱らしき包みをもっていましたが、あの中身は手作りの寿司だったわけです。

海苔巻き食う百合根(ケータイ) 
 原作のうちアニメ化されなかったシーン

キャラクターが食べ物を食べるシーンというのは、ただでさえ印象が深いシーンとなるので、
同じ場面で食事を二回続けるのは食傷気味になる可能性があります。
そういえば、アニメ版でダイナミックに描かれたチエちゃんのカルメラをほおばるシーンは、
原作のほうでは、ラストの小さい一コマに申し訳程度に描かれているだけです。

これは、原作者と監督で、どちらの食事描写に力点をおくかという演出上の考え方の違いが出たのかもしれませんが、
恐らく、最も大きな理由は、連載漫画と、一本の映画というメディアの違いでしょう。


映画版ではすでに最初の公園でのデートにて、同じお母はんの手作り寿司の描写が出ています。

※ TVでは第3話にあたります。
じゃりン子チエ 第3話 「激突!小鉄対アントン」
http://gugugu001.blog70.fc2.com/blog-entry-96.html


寿司はチエちゃんの好物ですから、ヨシ江はんが次のデートにお寿司をまた作ってくるのは当然といえますし、
これはヨシ江はんの性格を実によく現していると思います。
しかし、一本の映画に、二回同じ食べ物のシーンが出てくるというのは、構成上無駄であるとしかいえません。
監督はそれを回避したのだと思われます。


映画では、その代替としてカルメラをほおばるシーンが印象的に描かれていたのではないかと思うのですが、
連続もののTVでは、(映画が恐らくそうであったように)上記のような気を配る必要はないので、
TVアニメ版の追加シーンとして百合根の食事描写を制作しても良かったのかもしれません。

ただ、テレビでは映画版の構成を転用しています。
映画で、すでに原作にはないカルメラをほおばる印象深い食事シーンをいれてしまってるために、
この回の演出も担当している高畑監督は、一度自分が決めた構成に手を入れ直して、
百合根の食事シーンを新たに制作する必要を感じなかったのかもしれませんね。

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舞い散る落ち葉の中、身の上を語る百合根
ヨシ江の持っている包みが開かれることはなかった


ところでこの一連の縁日のシーンは、百合根が自分の過去を初めて作中で語る場面でもあります。
嫁と子供に逃げられた告白とセットになっているこの食事シーンには、
百合根の数年にわたる一人身の寂しさがでていると思えます。

原作で「とことんおいしいなあ」と遠慮を忘れて寿司をほおばる百合根ですが、
その遠慮のタガを外させたのは、ヨシ江の寿司にこもる家庭的な温かみだったのではないでしょうか。
娘を喜ばすためにこしらえてきたお寿司ですから、その愛情に我を忘れてしまったのだと考えると、
原作のこの食事シーンは、しみじみと味わいがある食事風景だといえます。


そこで私はもうひとつ連想して思い浮かぶシーンがあるのですが・・・

それは、のちにヨシ江はんの作ったギョウザを拳骨も含めた一族皆で食べるシーン。
(これはいずれ別記事を設けて紹介します)

ここでの「ワシ毎日こんなん食いたいなあ」というおじいのセリフがあるのですが、
これは百合根の縁日での食事と対になっているシーンに思えるのです。
百合根とおじいがともに、ヨシ江の手料理に感動しているわけですが、
その感動の正体が味だけではなく、そこにこめられた愛情のほうにあるのだとすれば、ひとつ気になることがあります。

つまりなんというか、おじいは一人身ではないわけですが・・・





■ マラソン大会のあとで・・・


今回の第6話はサブタイトルにもなっているように、マラソン大会のお話がメインなのですが、
劇場版からふたつのエピソードを流用して構成しているため、
Aパート(30分番組の前半)では縁日の場面をまるまるやり、Bパートでようやくマラソン大会の話になります。
このエピソードではマラソン大会が終わった後に、チエちゃんの作った食事が出てきます。

食卓の上には、大きな魚とトンカツ。
今夜はなにげに夕食が豪華です。
たくあんに、長方形の鉢の中は根菜類の煮付けでしょうか。
ホルモン焼くのがうまいだけで他はちっともできないという彼女でしたが、
そのわりには頑張って作っています。
といってもトンカツは油を使うので、総菜屋か肉屋で買って来たのでしょうね。
魚を焼いて、ご飯を炊いて、煮物を作るくらいはできるのかもしれません。
炊飯器は電子ジャーではなく、みたところ普通の鍋ですからガスレンジで炊いてるのだと思います。
ガスでご飯を美味しく炊くのはなかなか経験と技術がいるので、それだけでもたいしたものです。

急須の隣に、店の割り箸立てが置かれていますね。
のちにヨシ江はんが帰ってきたときの食事シーンでは箸立てにはちゃんと普通の箸が入っているので、
これは母のいない間だけの父子生活の様式のようです。
食事を作って父を待つという家庭的な場面であっても、合理的なチエちゃんらしさがこんなところに表れていますね。

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空いている座布団はテツの席です。

食卓には三人分の茶碗と魚がありますが、
お母はんは、この時点ではまだ家出から戻ってないので、
三人目の食事は小鉄のぶんということになります。
彼は茶碗でメシを食う猫なのです。
というより、この世界の猫は皆、茶碗と箸を使えるのですが。

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ところでテツがいつまでたっても帰ってきません。

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実はこんなことになってます。
チエちゃんのペースメーカーを勤めようとしたものの、
母譲りの俊足で独走するチエちゃんについていけず、
あげく警察の自転車を拝借したテツは、檻の中で一夜を明かすことに。

そうとは知らないチエちゃんは、辛抱強くテツを待っています。
いつもなら先に食べてしまうはずなのですが、今日はなぜ律儀にテツを待っているのでしょう。
それはチエちゃんが”父親にマラソン大会の優勝を報告したいから”に違いありません。

jyari06-50 優勝
 優勝したチエちゃんが一番報告したかったのは・・・?

もちろんテツは、父親と呼ぶには抵抗のある親です。
チエちゃんもテツを普通の親とは思っていません。
「おとうはん」と呼ばずに、「テツ」と呼び捨てにするのはその表れなのでしょう。

しかしそんなテツも今日だけは父親の資格があるのです。
前日の夜にめずらしく父親らしいことをしたのですから。

去年はマサルの陰謀でゲタを履いてマラソンに参加したというチエちゃんに、
テツは実に気の効いたプレゼントをします。
なんと新しい運動靴を買って来たのです。
家のものは片っ端から質に入れて博打でスってしまうあのテツがです。

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 テツが買って来たま新しい運動靴を喜ぶチエちゃん

実はこのテツの行動にはわけがあり、それは前半の縁日のシーンと深いつながりがあります。

縁日でヨシ江とチエが自分に内緒でこっそり会っていたのを知ったテツは、そのショックのせいでこのときはプチ家出中でした。
そして、その家出でチエちゃんの気を引こうとしていることまでバレてしまい、メンツが立たない状態だったのです。

そんな折に、ちょうどチエちゃんの学校のマラソン大会を知ったテツは、
”親らしさ”をことさら演出するために、靴をおみやげにプチ家出を終了させて帰宅したわけなのです。
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嫁と娘の密会を知ってグレるテツ

つまりこれは、ヨシ江に嫉妬したあげくチエちゃんの気を引こうとする買収行為であり、
プチ家出の件も含めて考えると、”親らしい”というよりは、どちらかというと子供と親が逆で、”親の気を引こうとする子供”の心理に近いと思えるのですが、実際に子供なのはいうまでもなくチエちゃん。
靴をもらったときのチエちゃんの態度は一見、靴は嬉しいけれども飛び上がるほどには嬉しくはないし、むしろ応援にくるテツが迷惑とでもいうようなそっけなさでしたが、
本当のところは、父親が父親らしいことをしてくれたのが素直に嬉しかったのでしょう。

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ぶっちぎりの独走状態のチエちゃんの走りには、ゲタから機能的な運動靴に履き替えたことももちろんあるのでしょうが、そのペースを考えない何かが獲り付いたような走りには見かけ以上の意味があるのでしょうね。
チエちゃんは前の晩に、「うち頑張るで」と何気なくいいましたが、
その一言を彼女は言葉どおり忠実に、いやそれ以上に実行したわけです。

そしてチエちゃんは今夜だけはテツを父親と認めて、ろくでなしのテツではなく父親のテツを待っているのです 。

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そしてテツは、今夜は帰ってくることはありません。
待ちくたびれて、やがて寝息をたて始めたチエちゃんに、
そっと小鉄が上着をかけてやります。

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今夜はどんな夢を見るのでしょうか。





■素晴らしい動き

この回もほとんどが劇場版からの流用シーンで構成されています。
そのため、TVシリーズにはふさわしくないとすらいえる、素晴らしい作画が目白押し。
中でも紹介しておきたいシーンは、ふたつあります。


・ダッシュチエちゃん

プチ家出中のテツを、家に帰るように説得しに来るチエちゃん。
家出先のお好み屋で、百合根のおっちゃんが、テツにとって都合の悪いことをぺらぺら喋っているシーン。
このとき後ろにテツがいます。
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テツを目撃してあせるチエちゃんと、それに気づかず いらんことを喋り続けるおっちゃん。
コメディとして、ものすごく面白い場面ですが、
ここは原作漫画の構成からして、既にとてもよくできている場面です。

笑いどころのひとつである「チエちゃんが百合根に危機を知らせようと首をふる動作」は、
原作漫画では正面から描いていて、あせるチエちゃんの面白さを演出しています。
漫画と同じレイアウトと構成で、アニメーションにすることもできるのでしょうが、
アニメーションのほうでは、この二人を横から描いていて、そこに
「椅子の足をつかむ手」のカットなどをはさむことで、テツの登場をはっきり描かずギリギリまで隠しています。

女の子のパンツがはっきり見えるよりも、めくれたスカートから断片的に見えたほうが興味をそそられることを「チラリズム」 といいますが、ここではその原理を意識的に応用しているのだといえます。
そのおかげで、観客はあせるチエちゃんのただならぬ動作から何事が起きたのか想像し、
安心しきったまぬけなおっちゃんとの対比もあって、画面に引き込まれてハラハラします。

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そしてようやくテツがゆっくり椅子をもって近づいてくる様子が描かれ、
そこで初めてコメディの構造があらわになることで、笑いの効果も倍増しているように思います。

そういった演出論の話だけでも面白いのですが、
ここでお話したいのは、このあとのチエちゃんの動きです。

この走り抜けるチエちゃんの場面は、
原作ではコミカルなイラストのような地味な味わいのあるコマでしたが。
劇場及び、それを転用したTVアニメではだいぶ違った鮮烈なシーンになっています。

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ダッシュで店から駆け出てくるチエちゃん。

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それを追うように飛び出してくる壊れた椅子。

チエちゃんと椅子が店の入り口から飛び出してくるタイミングはほとんど同じです。
しかし、椅子がバウンドしたときにはもうチエちゃんの姿は画面の外です。
この間1秒の半分もありません。
しかしその0コンマの世界で描かれるチエちゃんの脱兎のごとき走りは、非常に丁寧に描かれています。

映画は1秒間に24コマのフレームがあり、24コマ全ての作画をするものをフルアニメーションといいますが。
通常日本では、劇場版のアニメでも1秒当たり8コマ程度の作画枚数に落としたリミテッドアニメーションを採用しています。
作画枚数が多い『じゃりン子チエ』の劇場版もその例外ではないのですが、
日本では要所要所でフルアニメーションを使ってメリハリをつけるというリミテッドアニメの不得手を逆手に取ったような演出技法があり、この場面もそのひとつに数えられると思います。

しかしフルアニメーションであっても総作画枚数でいうと、わずかな数しか動画枚数は使われていません。
椅子がバウンドする描写を入れても時間が2秒に満たないからです。
仮にチエちゃんが走り抜けるまでに0.5秒かかったとすると、
24コマの半分12コマで作画されていることになります。
スロー再生でなんとか数えてみたところ10枚程度のようなので、チエちゃんはやはり0.5秒よりも速く駆け抜けていますね。
フルアニメーションの効果を最大限に発揮して強い印象を観客に残したシーンでありながら、かけた枚数はごくわずか。
ものすごく低コストなフルアニメ演出といえます。


・いかさま将棋

この時点でテツはお好み焼き屋で用心棒のような仕事をしていますが、
大半の時間を店主のおっちゃんとヒマを潰して過ごしているようです。

いかさまするテツ01 
このシーンはアニメオリジナルで。
チエちゃんがお母はんにテツの仕事振りを報告しているときに挟まれる短いカットなのですが、短いながらもその内容が小粋です。

テツと百合根が将棋をさす描写は以前にもあったのですが(これは原作にもあります)、
そのときには、百合根は将棋の駒の動かし方すら知らず、テツに怒鳴られています。
それが、今回のこのシーンではテツが冷や汗をかきながら駒をしきりに放り投げていますね。
どうやら盤上で追い詰められているようです。

ルールを覚えたばかりの百合根の棋力があっというまにテツのそれを追い抜いてしまったのでしょう。
もともとの頭の回転は百合根のほうが上なので、この結果は当然といえます。
しかし、ここからがテツの本当の強さ。

「勝ちゃあええんや それが基本や」
これは、ヒラメの兄にテツがボクシングの指南をしたときのセリフですが、
テツにとってこれは人生訓のようなものなのでしょう、勝負事全般に対してこのルールは有効です。
そして、この局面でテツのとった行動がこちら。



回想シーンのようなカットなので、セリフはありません。
「あっUFO」とでも叫んだのでしょうか。
テツの示すその指先と視線に釣られて、うしろを振り向く百合根。
そして、そのあいまにテツのとった行動が傑作です。

右手はなにもない虚空を指し示したまま、左手で駒をちょいと動かし、
百合根が「なにもないやないか」とでもいいたげな面持ちでテツの方に向き直る直前に、
テツはうつむき考え込む姿勢になっています。
まるで重大な次の一手を考えているような深長な顔で。

このシーンはサイレンス映画のように、動きだけでその場面のシチュエーションをすべて伝えています。
これは演出家と作画家の仕事がハイレベルで結晶したならではのものです。

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欧米のなめらかなフルアニメーションの世界に比べて、作画枚数で劣るリミテッドアニメーションは、
日本へのこの技法の伝道者である手塚治虫の姿勢が「局の受注をとるために安く上げる」「ストーリーさえ伝わればいい」という漫画家ならではの発想。もっといえば、アニメーション製作者としては志の低い理由によるものだっために、
かつては粗悪品のような悪いイメージで語られることも多かったのですが、
リミテッドアニメは日本の風土に合っていたのか、日本人のアニメクリエイターはその不得手を、
得手に変える方向で、しのぎを削るような修練をしてきました。


この将棋のシーンは、先に紹介したフルアニメで走るチエちゃんとは違って、
リミテッドのコマ落ちアニメです。
しかし素晴らしさではフルアニメのシーンに決して負けてはいません。

日本のアニメーターは、枚数を使えないという制約の替わりに、
原画の動きとタイミングで枚数以上の情報を込めるハイレベルな表現方法を身に着けたのです。
そしてそれこそが物量で圧倒する欧米のフルアニメーションに対抗しうるただひとつの手段でした。

そして長きにわたる日米の切磋琢磨の末、アニメーションの女神はどちらに微笑んだのでしょうか。
結果として、フルアニメーションの象徴であった米国ディズニーの牙城は日本のアニメーションの前に「手描きアニメ」を捨てる選択をするまでに追い込まれることになります。(現在ディズニーは配下のスタジオであるピクサーを中心にして、CG体制に全面移行しています)

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『ルパン三世 風魔一族の陰謀』(1987)
『じゃりん子チエ』からだいぶ間をおいてテレコムが制作した劇場アニメ(OVAとの評価もあり)。
テレコムから宮崎、高畑という屋台骨の演出家が抜けたあとに制作されたために、
内容的には評価しずらい出来だが、作画面では大塚康生の監修のもと相変わらず高いレベルを結集させたアニメーションであった。

『じゃりン子チエ』の劇場版は、当時設立して間もない東京ムービー傘下のスタジオ、テレコム・アニメーションフィルム(以下テレコム)で制作されました。
この時期のテレコムには、宮崎駿や高畑勲が在籍し、実質的にスタジオジブリ設立の礎を築く役目を果たしています。

いまでこそ世界に通じるブランドとなったスタジオジブリですが、そこにいたる道が困難と苦痛とそして喜びの道であったことは、たとえば、宮崎&高畑が駆け抜けてきた東映動画→Aプロダクション→日本アニメーション(ズイヨー映像)→テレコム→ジブリという道程を遡ることでも知ることが出来ます。

こんにちの日本のアニメーションの隆盛は、恵まれているとは決していえない厳しい環境を乗り越えた、クリエイターたちの情熱と努力によって成り立っているのです。

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