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ベクシル 2077日本鎖国

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士郎正宗の原作漫画をCGアニメで映画化した『APPLESEED』(2004年 東宝)の流れを汲む完全オリジナル劇場用作品です。
今回も『APPLESEED』と同じく、全篇「3Dライブアニメ」と名づけられた手法を使って作られています。
これはモーションキャプチャーとトゥーンレンダリングを組み合わせたもので、この映画のスタッフによる造語です。

モーションキャプチャーは人間の体中にとりつけたマーカーの動きをコンピュータにデータとして取り込み、同じ動きをCGキャラに演じさせることができます。
トゥーンレンダリングは、CGでモデリングしたキャラクターを、輪郭線で縁取り、影の部分と明るい部分の二色にすることで、CGを従来のセルアニメの質感に近づける技術です。

このふたつの技術により、セルアニメの質感に近づけた画質の3Dのキャラクターに、人間と同じ動作をさせることができます。
『APPLESEED』のときにはセルアニメを意識したフラットな質感だったのですが、『ベクシル 2077日本鎖国』では、その特徴を捨て、従来の3Dアニメのように陰影に立体感を持たせてあります。



■3Dアニメの限界と課題

それでは、最先端のCG技術で作られたこの作品の食べ物の描写を見てみます。
(※注意:ストーリー前半部分のネタバレ含みます)



 ・CG描写の労力


    街の中に所狭しとあふれる露店の数々

この物語にとって、食べ物は非常に重要な意味をもっています。
鎖国状態の日本の中には生体ロボットと化した人間たちによって街が作られ、その中では、人間だった頃の生活を懐かしむように人々が日常の生活を営んでいます。
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 吸う必要のないタバコを吸うマリア

食べることができなくなってしまった彼らは、わざと食べ物の露店を往来に出して、食べる真似事をしているわけです。
作中のセリフをきいていると、おそらくこの食べ物は本物ではなくフェイクだと思われます。

しかし実際に作中で食べ物が描写される頻度は恐ろしく少ないです。
食べものの露店は遠景で流されるだけで、カメラが寄って写すことはほとんどありません。
唯一ラーメンの描写がありますが、これを見ると、なぜ食べ物の描写が少ないのかわかった気がします。

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おそらくは偽の素材でつくられたフェイクラーメン

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露店の店主と、出されたラーメンをすする老人

このシーンを見ると、ラーメンの外観が一度出てきただけで、
食べる描写は店主の肩越しの遠景になり、口元はどんぶりに隠れてしまってます。
恐らくこれはわざと食べる姿を描かないための方法をとったからだと思われます。

なぜなら、もしも「ラーメンをすする」と言う描写をCGでまともに描こうとすれば、恐ろしいほどの労力が必要となるだろうからです。
ここに3Dアニメの限界があるように思います。

3Dアニメはそもそも、キャラクターの3Dモデルを時間をかけて作り、それを自在に動かすことで成り立っています。
いってしまえば、最初に苦労をしてあとで楽をするのがCGアニメの作業です。
こうなると、シーンあたりの費用対効果を2Dアニメ以上にシビアに考えなければいけないでしょう。

例えばキャラクター以外の小道具や大道具は、その場限りに使うものもあるでしょうから、その場合はその場面のためだけにモデルから作るわけです。
従来の2Dアニメなら、描く手間は資料さえあればどんなモノでも同じですから、劇中にどんなものがでてきても労力的にはそれほどの違いはなく対応できますが、3Dの場合は、シーンあたりのコストをどうしても考えなければいけなくなります。

とくにラーメンのような複雑な構造をもつ食べものは描きにくいはずです。
もし本格的にラーメンを描写しようとすれば、スープの中に沈んでいる麺を一本一本描き、スープ、ナルト、シナチク、ネギ、海苔といったそれぞれの具に、変形特性や弾力や浮力などのパラメーターをもたせて物理的にシミュレーションしなければいけません。

長編映画の中に1回だけ出てくるラーメンに、人物と同じだけの労力や時間をかけられるかというと、かなり無理のある話で、あとは映画の予算や監督の考え方に左右されるように思います。

これが2Dのアニメならば、人間の感性によるディフォルメをするだけですから、むしろそちらのほうが簡単な作業に思えます。

 ・CGキャラの所作

そういった技術的な限界のことを踏まえたうえで、ここでヒロインであるベクシル唯一の食事シーンを見てみます。
冒頭にベクシルがガムを噛むシーンがありますがそれを除くと、作中で食事をまともに描いたシーンはここだけです。

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リンゴの皮をむくベクシル(食べるシーンはなかった)

ベクシルはこの街ではめずらしい生きた人間ですから、レジスタンスのマリアに貴重な本物の食材を買ってきてもらってそれを口にします。

メニューはカボチャとジャガイモの煮付けですが、アメリカ人であるベクシルは箸がうまく使えません。
日本では行儀が悪いとされる「握り箸」で食べようとします。

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つまもうとしても、こぼれてしまうカボチャ

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このカボチャとジャガイモですが、よくみるとポリゴンのつなぎ目が鋭角に見えてしまっています。
自然の作りだした食材は、単純なものでも複雑な形をもっていますから、それを描こうとすれば
それなりのポリゴン数を使って、微妙なラインまで再現しなければリアルな描写はできません。
映画はリアルタイムで動かす必要のあるゲームのCGではないのですから、
ポリゴン数を落としたこの煮物は非常に雑な描かれ方をしていると言わざるを得ません。

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 ついにカボチャを上からぶっさすベクシル

少し意地悪な考え方ですが、ベクシルが日本人という設定だったら、このシーンはちゃんと箸を使う食事シーンになっていたでしょうか。
箸使いというのは指先を使った繊細な動作なので、雑な描き方はできません。
このシーンで、握り箸の持ち方でカボチャを刺すというのはベクシルにとっても合理的ですが、それはCGクリエイターにとっても同じなのではと考えてしまいます。


さて、いよいよベクシルがカボチャを食べるのでそれを見てみましょう。




この映画では、CGキャラクターの動きに、実際の人間の動きを取り込んでいますから、非常にリアルな細かい動作をします。
しかし実際に出来上がった食べているシーンが「リアル」かというとその逆に思えます。
とても味気がなく、かつ不自然なシーンになってしまっているのです。
その理由を考えてみましょう。

この「3Dライブアニメ」といわれる手法には、全身につけたマーカーの動きをデータとして取り込むモーションキャプチャーだけではなく、
顔の数箇所にマーカーをとりつけて、その動きをデータ化するフェイシャルキャプチャーも同時に使われています。

(追記:これは誤りで、『ベクシル』ではフェイシャルキャプチャーは使われていないそうです。そのつもりでお読みください。)
フェイシャルキャプチャーの実例
フェイシャルキャプチャー < テクニカル情報 < INFO情報 < Vicon
http://www.crescentvideo.co.jp/vicon/info/technical/topics/20041004.shtml


海外の3Dアクションゲーム『Heavenly Sword』の制作映像。
モーションキャプチャーとフェイシャルキャプチャーのマーカーを全身につけて演技をしている。
Heavenly Sword-07
Heavenly Sword-01
http://www.us.playstation.com/heavenlysword/makingof.html
(開発:Ninja Theory 発売:ソニー・コンピュータンタテインメント)


フェイシャルキャプチャーで取り込んだ動きを正確に再現することで、演技上でのさらなるリアルさを狙ったのでしょう。
まずはこのフェイシャルキャプチャーに技術上の問題はないか考えてみます。
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人間の顔は実に微細で複雑な動きをします。
食べものを食べるときは、唇だけでなく、頬やあご、さらにその部位につながる全ての筋肉や皮膚が連動して動きます。
もともとは、声優が喋るときの口の動きをキャラにあわせるために必要とした技術なのでしょうが、これが食事となると、さらにリアルで精密な描写が求められるように思います
食事のときの口周辺の動きを正確にフェイシャルキャプチャーで取り込むとなると、必要となるマーカーの数は飛躍的に上がり、これを取り込むのにも再現するのにもそれだけ多くの労力がかかってしまいます。
そもそも、キャラクターのモデリングの時点で、このような複雑な口の動きを再現できるだけの表現力を前提として作っているのかは疑問です。


 ・ディフォルメの重要性

ここで冒頭でベクシルがガムを噛むカットを見てみます。
ベクシルが画面に初登場するカットです。



実際に動くところを見るとわかるのですが、このシーンは良く出来ています。
もごもごと動く唇に、あごの動きが加わって、ちゃんとガムを噛んでいるように見えます。
これをみるとフェイシャルキャプチャーという手法に大きな欠陥があるとは考えにくいと思います。
となると、このシーンで加味された部分に秘密はないでしょうか。
舌アップ 
   [拡大図]
このカットでは、ベクシルがはじけたフーセンガムを舌ですくい取る口の中の動きも描写されています。
しかし舌の先にマーカーをつけたとは考えにくいので、これはCGアーティストがあとから付け加えた描写じゃないでしょうか。

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『Heavenly Sword』のメイキング映像より。
舌を出す演技のときにも舌先にマーカーは見あたらない。

そう思ってよく見るとベクシルの口の端はやたらとぐにゃぐにゃと曲がっていて、現実にガムを噛む動作と比べて、非現実なまでに歪んでいるように見えます。
つまりここでは、クリエイターの手によるディフォルメがされているのではないかと思えるのです。

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アニメーションという表現方法において、ディフォルメはその根幹に流れている重要な思想です。

現実と同じものをただ絵で動かすだけならば、人物の実写を撮りそこからトレスで描き起こせばいいのです。
その技法をロトスコープといいますが、初期のディズニー作品では実際にこの手法を使いました。

ディズニー作品は、ロトスコープで人間の動きをトレスしておいて、その動きを利用して動物を描写したりしていますから、アニメーターの手が入ることで、出来上がりの絵には多かれ少なかれディフォルメが加わっています。
このとき、人間のキャラクターならば、顔の表情にディフォルメが介在する余地があります。

ロトスコープはその概念からして、現在のモーションキャプチャを利用した3DCGアニメに非常に通じるものがあります。
しかし人の肉筆が入るという点において、3DCGとは決定的な違いがあるといえます。

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ガムを噛んでいるベクシルの別カット
口の結び目に作画者の意図的な歪みが加わっているように見える

ガムを噛むシーンではベクシルの顔を正面からアップでとらえる構図だったので、それだけの描写が求められたのかもしれません。
しかし、カボチャを食べるシーンのベクシルは、そのリアルな体の動作に比べて、口周りは非常に淡白な動きしかしていませんでした。
つまり、ディフォルメを入れることなく、キャプチャーデータをそのまま3Dモデルに反映させた。
これが、カボチャのシーンでの不自然さの正体ではないでしょうか。
だとすれば、究極のリアル表現であるはずのモーションキャプチャーが、なぜそのような不自然さを呼んでしまうのでしょう。
逆に2Dで描かれた手描きアニメに、なぜ私たちはときおり「リアル」を感じるのでしょうか。


  ・脳が感じるリアル

そもそも私たちが感じる「リアルさ」とは、非常にあやふやなものです。
昔SEGAのアーケードゲームで『バーチャファイター』(1993年)というのがありました。
格闘ゲームでは初の3Dポリゴンによるキャラクターを使ったゲームで、その立体感やなめらかな動きの「リアル」さに、多くのゲームファンが驚きました。

当時、ゲーム機上でリアルタイムの3Dポリゴンを動かす技術は黎明期で、キャラクターといっても、カクカクした単純なパーツを組み合わせたハリボテの人形のようなものでした。
しかし、わずかの間に技術は飛躍的に進化し、翌年続編の『バーチャファイター2』がリリースされると、その美麗な画面が好評を博しましたが、その裏でこういう声も聞かれました。
「人形みたいだ」「一作目のときのほうがリアルだった」と。

ポリゴン数はふえて、カクカクも見えなくなり、陰影も滑らかになって、キャラクターたちはよりリアルな人間に近づいたのに、ファンは「リアルでなくなった」というのですからおかしな話ですが、彼らは同時にそれがなぜなのかという答えも知っていました。
バーチャ1には確かにあったのに、バーチャ2ではなくなってしまったものがなんであるのか。

この話は、人間の脳が目から入ってくる情報に、いかに多くの情報を想像で付け加えてるかということを物語っています。
例えば紙に印刷された漫画の絵は動きませんが、読者はそこに動きを感じるし、音を感じることもあるでしょう。
「動く」アニメーションにしても同じように見る側の想像が加わっています。

TVアニメで上半身を微動だにさせず口だけしか動いてない人物を、視聴者は人間が喋っていると認識しています。そういうものだというお約束のうえで見ているからです。
しかし、『ベクシル』ではリアルさを追求した結果、ただ立っているだけの登場人物も上体がゆらゆらとわずかに揺れているのです。
たしかにその動きはリアルですが、同時に2Dアニメの「お約束」はとっぱらわれ、視聴者から一段階厳しい目で見られることになります。
創造したものをリアルへと近づけることは、見る者の現実を呼び起こし、その現実との差異を無意識に探させてしまうことでもあります。

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評議会とレジスタンスの会合シーン
画面にいる全ての人間の上体が、それぞれわずかに揺れている


カボチャを食べるシーンは、たしかに人間の動きを細部まで再現したのかもしれませんが、
キャラクターがリアルな陰影を持っているだけに、かえって人形が人間の動きを無理して真似しているような印象があり、ライブというよりは、無機質さのほうが目立ってしまってるように思えます。
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 ・日本のCGアニメの行方

監督の曽根氏は、前作の『APPLESEED』(2004年)ではプロデューサーを務めましたが、
このときの記者発表の場で、米国のCGアニメ作品について言及しています。
東宝 映画トピックス
http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/0312/01appleseed_kk.html

曽利プロデューサー:
CG作品ですとピクサーの「トイ・ストーリー」や、今ですと「ファインディング・ニモ」がありますが、そういった作品は観客が感情移入できる作品として認知されています。ですからCG作品でも感情移入できることは実証されていると思います。一方、「ファイナル・ファンタジー」という作品がありましたが、あの作品でリアルな人間に近付けた表現をした時に、なかなか感情移入ができなかったという声を多く聞きました。そこにCGの壁を感じた方は多かったと思います。

「トイ・ストーリー」のようなキャラクターであれば感情移入できるわけですが、等身大の人間がお芝居をするようなCG映像になると、日本のセルアニメーションの方が断然面白かったり、感情移入できるのが今までの常識だったと思います。ただ、私自身CG屋ですのでその点に関しては異論があって、「CGでももっと凄いことができますよ」とアピールしたい気持ちがありました。


監督も『ファイナルファンタジー』(2001年)にCGの限界を感じてこの「3Dライブアニメ」という方向に活路を見出したようですが、その方向性は『ファイナルファンタジー』での違和感を払拭するようなものではなく、逆にその違和感を強調してしまったようにすら思えます。

『ファイナルファンタジー』では3DCGを実写に限りなく近づけることを目的としていましたから、人物も実在の人間に近づけテクスチャにまでこだわった質感のものでした。
しかし『ベクシル』では、キャラの頭身は実際の人間に近いものの、あくまでそれは漫画絵を基調にしたリアルさであり、日本特有のアニメ絵の延長線にあるCGキャラです。
このようなキャラクターにいくらモーションキャプチャーを施しても、人間と同じ動きをする人形にしかなりません。
そのうえキャラは表情に乏しく、とくに目の演技はほとんどないので、さらにマネキンのように見えてしまってます。
監督はもっと表情を表現できるところを、あえてこの程度の表情に抑えたようですが、その理由はやはりベクシルがアニメ絵のキャラだからでしょう。言い換えれば抑えざるを得なかったのではないでしょうか。

アニメの絵では鼻の穴を描かず、鼻から口元に伸びる頬のしわも描きません。
とくに「美人」を描くときにはこれらの要素は、ほぼご法度の記号になります。
このように実際の人間と大きな違いのあるCGモデルに、人間のフェイシャルキャプチャーを当てはめると無理が出てくるのは当然といえます。

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 緊迫した状況でも目に表情がない

また監督はピクサーの制作した『ファインディング・ニモ』や『トイ・ストーリー』を感情移入の出来るCG作品として挙げていますが、これらの作品はセリフとリンクした口の動きをみるとフェイシャルキャプチャーを使用しているのは確かなのですが、同時に漫画絵をディフォルメを意識して製作しているという点においては、従来の2Dアニメと基本的な考えかたは同じはずで、作品を見れば、彼らはこれまでの2Dのキャラクターをどうやって3Dに変換するかということに腐心して作っているのが一目瞭然です。

近年の『ファインディング・ニモ』や『ミスター・インクレディブル』では、その技術は円熟の域に達しつつあるのではないかと思えます。
日本のアニメだってもともと二次元で発達してきたものですから、頭身がリアルかどうかということに、たいした意味はないはずです。
米国の「共感できるCGアニメ」に対抗するのであれば、モーションキャプチャーやフェイシャルキャプチャーという方法にたよるのではなく、漫画絵のディフォルメを3Dに持ち込む努力をするのが正しい道ではないでしょうか。

そもそもピクサーやディズニーといったアメリカのアニメスタジオは、日本の手描きアニメに降参して、自らの独自性を磨くために3Dの道を行くことを決断しました。
その本気度に比べたら日本の3DCGアニメ作品は、カルトやアンダーグラウンドといった支流のほうに位置するのかもしれません。
つまり、予算的にも技術的にも制約がある、まだ発展途上中の分野なのだと思います。

しかし、日本の2Dアニメを基調とした3Dアニメは日本人の手によってしか成し得ないものだと思うので、『APPLESEED』や『ベクシル』という流れが、いつかピクサーの3Dアニメに対抗しうるレベルにまで達するのを見てみたいと思います。


実は、Production I.Gが制作した現在公開中の3DCGアニメ映画『ホッタラケの島』が、そのひとつの回答ではないかと思ってるのですが、観たら感想を書くかもしれません。
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『ホッタラケの島 ~遥と魔法の鏡~』(2009東宝)
©2009 フジテレビジョン /Production I.G / 電通 / ポニーキャニオン




...おまけ(作品の感想と解説)
ベクシル 2077日本鎖国(2007年 松竹)

監督:曽利文彦
脚本:半田はるか、曽利文彦
エグゼクティブプロデューサー:濱名一哉
プロデューサー:中沢敏明、葭原弓子、高瀬一郎
制作:OXYBOT
上映時間:109分

ベクシル2077日本鎖国 - Wikipedia


(※注意:ストーリー前半部分のネタバレ含みます)

小松左京のSF小説で映画にもなった『首都消失』というのがありますが、その設定を日本全体の規模にまで広げたような話です。
東京が城砦都市になってしまっている様子は同じく小松左京の『物体O』にも似ています。

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電磁波障害だけでなく、物理的な防壁に囲まれている日本列島

CGを見せることに力点を置いた結果なのでしょうか、士郎正宗作品のようにディティールを描こうとしている反面、ストーリー的にはかなり単純なものになっています。
潜入するまでの謎解きもあまりなく、「鎖国」の種明かしも早々にされます。
サイバーウイルスによってロボットと化した人たちが一企業の実験台にされているというお話は、リアリティの点でついていくのが難しく感じましたが、SFというよりは壮大な御伽噺だと思えばそういう風情を楽しめるかもしれません。
ただやはり、日本が鎖国しているというハッタリに魅力があるだけに、その期待に応え切れているとは思えないのがかなり残念でした。

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ジャグと呼ばれる機械の渦が荒野を暴れまわる

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猛スピードのエアバギーで閉まっていくゲートを潜り抜ける決死の突入作戦


画面的には、人物描写の面では本記事で書いたように不満が残る出来なのですが、アクションには力が注がれ、
レジスタンス達が一か八か命を懸けて海上に浮かぶトンネルを通って人工島に突入しようとするクライマックスは、『スターウォーズ』のデススターを思わせるような出来で、かなり見ごたえがあります。
このシーンを観るだけでも一見の価値があるかもしれません。

この記事に対するコメント


これは正確な情報をありがとうございます。
というより、いい加減なことを書いてお手間をとらせてしまってすみません。
やはり現場のプロの方からみるとおかしなことを書いてしまってますね。
もう少しちゃんと調べておけばいいのですが、一アニメファンとしてはアップルシードのときの衝撃が強くて、情報がそこで止まってしまってたようです。
もうひとつ、リンク先のベクシル記事を読むと、フェイシャルキャプチャーを採用しなかったことを含め、かなり2Dを意識していたことがわかりました。
ガムのシーンに関してはこれは腑に落ちるのですが、逆に他の点ではそれが意外でもありました。
それだけ2Dのセンスを3Dに反映させるというのは難しい作業なのでしょうね。
私は基本的に2Dアニメのファンですが、3Dもモノつくりの点では同じ面白さを感じます。
記事では素人目で思うままに書いてしまいましたが、3Dの今後にも期待してますのでぜひこれからも面白いものを見せて欲しいです。

【2009/08/31 19:12】URL | gugugu(管理人) #R5fBW5y.[ 編集]

キャプチャーに関して


CGアニメーターをしている者ですが
いくつか気になった点がありましたので
差し出がましいようですが、コメントさせていただきました。

ベクシルに関しては、フェイシャルキャプチャーを使っていません。

ネット上のインタビューにも載っています。
http://www.autodesk.co.jp/adsk/servlet/item?siteID=1169823&id=9921322

ガムを噛むシーンと、かぼちゃを食べるシーンの差は
アニメーターの力量やカットの重要性の違いではないかと思います。

また、ピクサーでもフェイシャルキャプチャーは使っていなかったと思います。

CGでも手打ちでキーフレームを打っていることが多く
それでも良く見えないというのは、CGアニメにはまだまだ課題が多いという事だと感じております。

【2009/08/31 15:50】URL | CGアニメーター #gGiHTux6[ 編集]

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