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太陽の牙ダグラム第33話 「戦火は村々に」



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パルミナの中でも、高級に見えるレストラン。

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連邦評議会議長ドナン・カシムの次男ロイルに、
ドナンの補佐官であるラコックが近づいています。

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ラコックは、ドナンが自分を取り立ててくれる気がないことに気づき、独自の行動をし始めているのです。

同じく、ドナンから冷遇されていると思っている息子のロイルに、ラコックは目をつけたようです。



「ワインも地球のものに限る。デロイアのものなど喉も通らん」

「ワインは地球のものを飲みゃすむが、料理はどうにもならんね」

料理を食べながらいいたい放題のロイル。

たぶん上流階級で育ち舌の肥えた彼のいうことが正しいのでしょう。
デロイア産のワインをおいしそうに飲んでいるサマリン博士が、なんだかかわいそうに思えてきます。

このパルミナは地球の食糧庫であり、地球の料理も、パルミナをはじめとした惑星デロイアの地で生産された食材から作られていることが多いでしょう。

しかしロイルは上流階級ですから、そういった大量消費される食材とは無縁なのかもしれませんね。
デロイアには、まともな料理人がいないということもあるかもしれません。



そんなロイルにある入れ知恵をするラコック。
地球製の武器を、デロイアのゲリラに売ることを勧めています。

お坊ちゃんのロイルは、ラコックの底知れぬ思惑など知らずに、うまいことその口車に乗せられていきます。

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「われわれは若い。お互いこれからなんだ」

これは上機嫌でラコックと乾杯してワインを酌み交すロイルのセリフです。

若さや、冷遇されているといった似た身の上など、
通ずるところの多い二人の親睦の乾杯のようにも見えますが、
一皮むけば、互いを利用しようとする者同士の腹のさぐりあい。

しかし、食う者と食われる者がいくら杯をあわせても、最後には太った獣と骨が残るだけです。
野獣のようなラコックの思惑の前には、甘えの抜けない依存体質のロイルはあまりにか弱い羊のよう。
弱者はただ食われる運命にあるのです。



■ラコックの野望

ラストにラコックの独白がでてきます。
「名誉、金、地位。あの人にはすべてある。だが俺には何一つない」

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群像劇であるこの物語には多くの人物が登場します。
そのなかで、最初は脇役の位置にいるようにしか見えなかったドナンの補佐官ラコックが、だんだんと物語の中心人物になっていきます。

「俺はまだ若い。地球の将来など考えてる余裕はないのだ!」


この衣着せぬ欲望丸出しのセリフは、たしかに個人の性格によるものも大きいのでしょうが、
同時に本人が言っているように、若さゆえの部分もあるのでしょう。
彼は悪党ではありますが、この覇気には共感する人も多いはず。



人間も動物の端くれである以上、本能に従って生きています。
人間の祖先も、もとは肉食の獣でした。

生物学には「個体発生は系統発生を繰り返す」 という言葉があります。
人間を例に取ると、子宮の中で受精した卵細胞が分裂して、人間の胎児の形になるまでに。
魚類→両生類→爬虫類といった形態をたどりながら最後に哺乳類の人間の形になっていきます。

これを「反復説」といいますが、人間はこの世に生れ落ちてからも、
行動レベルでは似たような「反復」が行われているのではないかと私は思います。

たとえば生まれたばかりの子供は、親の世代がいくら知識を蓄えて経験を積んでも、その知識が白紙に戻った状態で生まれてきます。
そこに親のまた親の世代から受け継がれ積み上げられてきた知識を基礎からインプットしていきますが、
これは知の系統を繰り返す行為だと思うのです。

また、子供は社会性がなく、よくケンカもしますし、虫などの小動物に対しては残酷さを露骨に表すことがあります。
このような幼児の行動形態は、さながら獣のようです。
それが大人になるにしたがって、幼児性と呼ばれるそういった行動はなくなっていき、
社会性を身につけていきます。

しかし実際には、幼児性というものは成長した人間から消えてなくなってしまうのではなく、
社会性というブラインドに隠されて、なりを潜めているだけなのだと思います。

だから若者は、大脳からより奥まった部位にある原始的な脳に支配され、欲望に忠実に生きるのが正常であり、
飢えているならば、自分の飢えを満たす欲望が優先されるのが生物として自然な姿だと思うのです。


主人公のクリンは、一面では他者のために尽す人徳のある人間ですが、彼もまた強い「欲望」と「飢え」という視点でみると、ラコックの同類に思えます。
クリンがラコックと違うのは、最初から富や家柄など、生まれながらにかなりの財産を持っていたということです。
彼は、自分の思う正義を貫き何者かになるという「欲望」に忠実な人なのではないでしょうか。

そして、その点では彼はラコック以上に獣なのではないかと思います。
「獅子の子は獅子」というラコックからクリンへの評価は、獣が同類の匂いをかぎつけ警戒しているのだと思えば合点がいきます。


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飢えた獣のようなラコックが野望に胸を膨らませている一方で、
彼に「すべてある」と評されたその人、ドナン・カシムは、
デロイアを私物化しているという他州の不満の声を聞きつけ、心の底から憤慨をあらわにします。

「地球と、80億の人類生存に掛けているのだ」 と語るドナンに嘘はないでしょう。
ラコックとはまったく対照的です。
人徳のせいもあるでしょうが、死を目前にした満ち足りた人間と、人生これからという持たざる若者の考え方の違いが大きく出ているように思えるのです。


政治とは本来、自分以外の人のために労するものであるべきですが、政治で立身出世するという身勝手な欲望がなければ、ドナンのような大物になれるはずもないのではないでしょうか。
ドナンがここまでの地位を手に入れるまでには、汚いこともせざるを得ない場面が多くあったはずです。

ラコックが長じて立派な人格者になったとは思えませんが、有益な政治家になる可能性はあったかもしれないなと思います。
有能な政治家は、結果的に国に益をもたらすものだからです。

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