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太陽の牙ダグラム 第35話「再会の野戦病院」



負傷したジョルジュたちを運んだ先の野戦病院。

敵である地球の武器を使うサマリンに疑問をもっていたクリンは、
ラルターフにそのことを打ち明けます。

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野いちごを摘んではむしゃむしゃ食うラルターフ。

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「このイチゴ、まだ青いがひとつどうかね」

ラルターフは、この野戦病院が行政府の出資であることを話します。
そして、それこそが筋の通らない「矛盾」だという現実をクリンに突きつけました。

奇麗事だけでは怪我人は救えない。
同じように、大きな目標のためには目をつぶらなければならないこともあるのだというラルターフ。

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「食ってみろ。熟したらさぞかしうまいだろう。だがいまでも食えんことはない」

ラルターフはどうやら、未熟なクリンと未熟な野いちごを重ねてるようです。

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すっぱさに顔をしかめるクリンを見て高笑いするラルターフ。
クリンも、ラルターフの問いかけに、なにか思うところがあったようです。



帰ってきたキャンプでクリンは、サマリン博士に負傷者輸送任務の経過を報告します。

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彼はラルターフとイチゴをとって食べたことをぽつりと博士に話しました。
それだけで何があったのか、すべて察する超能力者のサマリン博士。

クリンは、ここにも生えている野いちごをとって食べます。

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「ちょっとすっぱかったけど」

またひとつ大人になったクリンでした。

野戦病院にクリンを差し向けたサマリン博士の狙いは成功したようです。
ですが、ここに偶然ラルターフが居合わせなければ、そのようにうまいことにはならなかったでしょう。
青くすっぱい野いちごを、気にせずむしゃむしゃ食べるラルターフの姿は、
若者の可能性に大きな期待を抱き、彼らの肩を押し続けるラルターフの生き方を表しているかのようです。



■クリンとデイジー

今回、野戦病院で再開するクリンとデイジー。
 
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「僕は今、とても君と一緒にいたい」

以前、クリンのあとを追いかけて来たデイジーを冷たく追い払ったクリンでしたが、
自分の道を歩き始めたデイジーに一転して魅力を感じ始めたらしく、
そういうところがクリンらしく思いました。
上流階級への反発が、クリンの目を曇らせていたのかもしれません。
本来はとてもウマのあう二人なのだと思います。

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別々の道を歩むことになった二人ですが、
逆に彼らの距離は縮まりました。
離れているほど近くに感じる人が互いの運命の人なのだと思います。



■戦争の矛盾

今回、ラルターフとサマリン博士に、ぴしゃりとやられた形のクリンですが、
彼らも、クリンをやっかいな純粋まっすぐ君だと疎んでいるのではなく、
そのまっすぐな視線を大本に持っているクリンだからこそ、彼を大きく育てたいのだと思います。

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矛盾の象徴として野戦病院がでてきましたが、
そこでは多くの負傷兵がうめき声をあげていました。
命があっただけ彼らは幸運なほうなのでしょう。

戦争に死はつきものです。
戦闘は人を殺す行為を伴い、そこにどんな正義があろうとも人殺しは人殺しです。

さらに「正義」とはそれを正義と信ずる人には正義であっても、
必ずしもすべての人にとってそうではないかもしれません。
視点を変えれば悪にさえなりうる脆弱なものが「正義」ではないでしょうか。

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搾取されても、ただ生きていたいと考える人も多いはずです。
第33話 「戦火は村々に」では、息子を戦闘で失う農夫が出てきますが、
自分の理想をかなえ、人々に幸福をもたらすために、多くの同胞を巻き込んでまで、
殺し殺されの争いをする必要があるのでしょうか。

サマリン博士は、その必要があると思ったから決起したのでしょう。
しかしその英雄的な行動と共に彼は、たとえ自分が手を下さずとも、
手を血に染めている罪人への道を歩みだしたともいえます。

自分の信念や正義のもつ凶暴性を自覚し、踏み越えていく覚悟がなければ、
戦いなどしてはいけないのだということを、サマリン博士はクリンに伝えたかったのかもしれません。

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戦争をリアルに描くリアルロボット路線アニメーションのさきがけとなった作品に、同じサンライズ制作の『機動戦士ガンダム』があります。
『ガンダム』で顕著だった手法ですが、この『太陽の牙ダグラム』という作品でも、
戦闘シーンにおいて、必要以上に敵兵の姿が生々しく描かれていることが多いように思います。

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コックピットの中でおびえる兵士たち。

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23話より。命拾いしたゲリラ

敵味方を問わず末端の兵士一人一人が、ひとつしかない自分の命をかけて戦っている。
そしてそれは恐ろしいことなのだということを演出しようとしているのだと思います。

『ガンダム』では少年たちは、生き延びるために、あるいは大人の都合で、状況に流されるままに戦っていたところがありましたが、
『ダグラム』の登場人物たちは、彼らとは違います。
デロイア独立のため、自由のため、信念のため。彼らは積極的に戦いに身を投じていきます。

人を幸せにするために戦って、その結果人の命を奪っていくことの矛盾。

その引き金をひく意思決定は、
彼らにそのまま責任としてのしかかってきます。

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38話で絶体絶命の危機に陥ったクリンのうろたえる姿や
死の迫った表情が印象的。

実際には無敵に近いコンバットアーマーダグラムですが、
クリンに倒される相手の搭乗兵ばかりでなく、クリン自身も戦闘のたびに「死ぬのが怖い」と思ってることが伝わってくるのが、
この番組の誠実なところだと思います。

それが戦争なのですから、当たり前のことを描いているだけですが、
アニメやゲームというバーチャルなメディアでこそ、
扱っている題材の本来持つ姿というものを忘れてはいけないなと思います。

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