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墓場鬼太郎 第1話 「幽霊一家」

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銀行員の水木は母親と二人暮し。

ある夜、
隣の敷地にある古寺に越してきた住民が訪ねてきます。
彼らは絶滅したはずの「幽霊一族」の生き残りでした。




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水木が、恐る恐る古寺に挨拶に出向くと、
そこには異形の夫婦が住んでいました。
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彼らのおどろおどろしい姿に恐れおののく水木の目の前で、
幽霊族の驚愕の食生活が披露されます。

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「たいしたものはありませんが、召し上がってください」

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「採れたてのカエルの目玉です」



文化が違えば食生活も違ってきます。
我々人間族からすれば、とても食えたものではないゲテモノですが、
彼らにしてみれば新鮮な素材のごちそうなのでしょうね。

ホラーというのは、つきつめれば人間のもっている感覚をズラしていくところに存在するもの。
人間の感覚で完全に理解不能なところまでいくと、それが「平常」から外れた「異常」である事すら知覚できなくなります。

カエルを使った料理は実際にありますが、その目玉となるとありません。
この料理を実際に作ることは可能でしょうけど、食べることには抵抗があります。
そこがホラーな食事なのです。

もっとも食べることが可能な時点で、
この料理はまだまだホラー度合いは少なめのように思います。

私など子供の頃に、原作漫画でこのカエルの目玉料理をはじめて見たときに、
キャビアのように思えて、とてもおいしそうに感じました。
もっとも子供の頃はキャビアなど食べたことがなく、
漫画に出てくるキャビアを、おいしそうだなあと思いながら味を想像するだけだったのですが、
カエルの目玉だって食べたことがないのですから、子供にはどちらも同じようなものです。




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2007年春に『ゲゲゲの鬼太郎』が5度目のTVアニメ化となり、現在放送中ですが、
その放送中の2008年1月に、同じフジテレビでもうひとりの”鬼太郎”が始動しました。
それが『墓場鬼太郎』です。



■鬼太郎の原点


これは、水木しげるの代表作である『ゲゲゲの鬼太郎』の原点ともいえる作品。

もともとは昭和初期の人気紙芝居に『墓場奇太郎』という別人の作があり、
それを下敷きに水木が描いた紙芝居が鬼太郎の始まりです。

さらに貸本漫画、少年漫画雑誌と媒体を移していく中で、
現在の『ゲゲゲの鬼太郎』が徐々にできあがっていきました。
詳しくはwikipediaの「誕生の経緯」で。
 ゲゲゲの鬼太郎- Wikipedia

020625 

『墓場鬼太郎』は貸本漫画時代のタイトルで、
少年マガジンで現在に続く『ゲゲゲの鬼太郎』の連載が始まった当初も『墓場の鬼太郎』という題がついていました。

私は子供の頃、文庫版『ゲゲゲの鬼太郎』を持っていましたが、そういう事情を知らずに読んでいたものですから、
最初のおどろおどろしい第一話と、その後のヒロイックな展開のギャップに戸惑った記憶があります。
今思えば、第一話は貸本漫画の『墓場鬼太郎』が収録されていたのです。

『ゲゲゲの鬼太郎』は当時流行のヒーロー路線を踏襲することで、子供たちの人気者になりましたが、
『墓場鬼太郎』は、主人公の鬼太郎が周りの人間を不幸にしていくという
”不吉な子供の物語”の連作の体裁をとっています。

これをいまアニメ化するというのだから面白いわけです。



■リメイクブームと原点回帰

アニメ番組も、文化である前にビジネスである以上、成果が求められます。
定番の作品はリスクが少ないですから、制作側もリメイクに手を染めがちです。
なつかしアニメの焼き直し企画は、古くは『鉄腕アトム』のリメイクである’77年の『ジェッターマルス』あたりまでさかのぼれますが、
本格的になってきたのは’80年代からでしょう。
リメイクブームも、それから軽くひとふた周りはして、
最近は、新しい時代に合わせてリメイクすることよりも、原点回帰の傾向が強まっていると感じます。

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初TVアニメ化したときのモノクロの鬼太郎

石ノ森作品や手塚作品のリメイクを見ても
とくに絵の面において、今風の絵柄の方向を捨て、
昔の絵柄を出すのがこの数年の傾向ですね。

鬼太郎でいえば、1996年の4作目が原点回帰の傾向が強かったのですが、
2007の5作目は、時代に合わせたライトなノリで一気に萌えアニメ化してしまいました。

その反動か、鬼太郎の本来持つおどろおどろしいエネルギーは、
その性質にふさわしい深夜に出没することになります。



■フジテレビとノイタミナ

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『墓場鬼太郎』は、フジテレビ深夜の「ノイタミナ」というアニメ枠で放送されています。
この枠では『怪~ayakashi~』や『モノノ怪』で、東映アニメーションも参加していました。
その流れで鬼太郎が企画に上がってきたといえます。

もともとフジテレビは深夜に実験的な番組を放送する伝統がある局ですが、
「ノイタミナ」はその実験的な匂いがぷんぷんとします。

一見、最近主流の深夜のハイクォリティアニメの流れと同じようにもみえますが、
ノイタミナでは、『ハチミツとクローバー』や『のだめカンタービレ』など、
本来ドラマに向くような企画をアニメ化し、普段アニメを見ないような一般層(とくに女性)に訴えかけているところが特徴です。

この、「視聴率とスポンサー収入で利益をあげる」という考え方は、
DVD販売で収益を得るという深夜アニメの定型に逆行する実験的な試みです。

『墓場鬼太郎』ではそういったこれまでの戦略からは少し外れてきているようなので、
ノイタミナという実験的な枠が、様々な変化を遂げていく中間地点にいるように思えて、これからが楽しみですね。



■見た感想

さて、肝心の内容ですが。
実際に3話まで見てみたところ、前評判の割には肩透かしの部分が多かったように思います。

まず、全11話という構成があまりよい方向に働いてないように思えるのです。
原作のエピソードを駆け足で消化しているため、まるで総集編を見せられているような錯覚を覚えます。
じっくりやるべきところはじっくりやって、省くところは省くようなメリハリがあまり感じられず、
単調なペースでやっているので、(それも演出の意図かもしれませんが)全体的に高揚感のないのっぺりした感覚が伴います。
最期までこの調子なのかは、4話以降を見てみないとなんともいえません。

020606次に、改変されている点があまりよい方向に働いていません。
第一話で語られる幽霊族との出会いのきっかけ
――病院に幽霊が出現し、水木がその調査に赴き、
「売血」の主が幽霊であったことをつき止める――
という設定がまるまる変えられてしまっているのです。

これは現在、
輸血製剤による肝炎訴訟が、社会問題になっていることに配慮したからだという意見もあるようですが、
私はそれよりも、原作漫画が描かれた時代に当たり前のようにあった、「売血」という行為自体が、
現在では禁忌的な意味合いが強いからではないかと思います。

血液という人体の一部を金に換える行為が、当時は貧民層や社会的弱者の間では生きるための手段であり、
絶滅寸前の幽霊族が、この売血に慢性的に手を染めていたことは、作品の重々しい雰囲気に大いに貢献していました。
また、都市伝説風味の出だしは作品のつかみとして、かなり重要なハッタリであると思います。

これを改変したことは、制作側の立場を考えると、ある部分で納得が出来ます。
しかし反面、改変したことによる作品へのダメージの大きさを考えると、そのあたりの配慮のなさを残念に思うのです。
描けないのなら、いっそのこと描かないなどの方法を取ってほしかったなと。

ただ、それでも私はこの番組を好意的に見ています。

挑戦的なフォルムのキャラクターデザインや、緻密な作画などはよく出来ていますし、
電気グルーヴの主題歌にあわせた、妖しくも軽快なOPアニメーションも出色の出来。
本編では、重厚な空気をかもし出すテクスチャーの二重露出など、『モノノ怪』で培ったCG技術をふんだんに使い、
とにかく「挑戦してるぞ」という気概が画面から感じられるからです。
そういう気概は現場全体を包んで、ひとりひとりのアニメーターが描く絵からもそれは伝わってくると思います。

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それと、声のキャスティングがかなり良いですね。
ずっと目玉オヤジを演じ続けている田の中勇の安心できる演技は置いておいて、
初代に戻されたふたりのキャスト。
鬼太郎役の野沢雅子の怪演と、ねずみ男役の大塚周夫の年の功を感じさせる熟練の演技が素晴らしいです。
猫娘の寝子の声を、ヲタアイドルの「しょこたん」こと中川翔子がやっていますが、
これもイメージに合っていて、作品を汚していないのがいいですね。

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